1.

「シンジくん?」


 とカナエは言った。


 ――階段を上がった先の部屋にいたカナエは、記憶の中と何も変わっていなかった。


 一〇年もの時が経ったら大きくなって、クラスメイトの女子くらいで綺麗になってるのかと想像していたのだが、全然違っていた。


 カナエはあのときのままのカナエで、白のドレスの長い黒髪の女の子だった。そして胸にあのときと同じ、銀の鍵の首飾りを下げていた。


 そこで僕は不安になった。


 一〇年も経って高校生にもなったら、カナエは僕が僕であることがわからなくなってしまっているのではなかろうか。


 おそるおそるカナエの表情を見る。


 カナエは僕と同じ目の高さで僕の方を心配そうに見ていた。その目つきは、僕が僕であることをまったく疑ってないようだった。


 おかしい。


 僕は荷物を持ってない自分の左手を見下ろしてみた。その手は小さく、小学生のころの自分の手の大きさと変わっていなかった。


 僕が一〇年の時をかけて高校生になったと思ったのは間違っていたのだ。


 今日は、あの日の少し後の日。約束の日だった。


「それは何?」


 と言ってカナエは僕の右手に提げたものを指さした。


「ああこれ。楽器だよ。練習してくるって言ったじゃん」

「もう弾けるの?」

「発表会でもやったし大丈夫」

「じゃあシンジくんから弾いて。あとから合わせるから」

「わかった」


 僕は楽器ケースからバイオリンと弓を取り出し、楽器に肩当てをつけて構えた。カナエに向かって小さくうなずき、


「それじゃあ行くね」


 ――ファ・ミ・レ・ド


 僕は弾き始めた。


 そして、その後にカナエのピアノの音が続いた。


https://kakuyomu.jp/works/16818622174491940456/episodes/16818622174492166480

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