最終話 一万年後の世界
「勇者様の冒険の果て。魔王を討ち果たした勇者様はその勢いをかって世界を支配していた邪心も討伐したの。
邪心の呪いから解放された世界は永劫の停滞と呼ばれた時代を終えたのよ。その後は少しずつ人類は発展を続けて、今はこうして平和な時代が続いているわね」
とある公園の端で、空に浮かぶ映像とともに語り部となっていた女は、一度その口を閉じて周囲を見回す。あまり人はいない。と言うより二人しかいない。
今時、型落ちのマナフォンによる空間投影劇では、人々は驚かないどころかレトロなことやってるなー、くらいの印象しか持たない。
多少なりとも喜ぶのは子供くらいで、それも多少だ。内容も子供向けに簡易なものになっている。それでも二人が最後まで聞いてくれていたのは、妙にその語り口にすごみがあったからかもしれない。
決して流暢な語り口調ではないのに、真に迫るような迫力を持っていたから。
「でも、その後も戦争はあったんでしょ? なんでそんなことがあったの? 平和じゃないじゃん!」
「そうね。でも、これでも平和な方なのよ? 昔はもっとひどい争いもあったって言うし。そもそも争いは絶対に無くならないと思うのよ。人が争わないなんて概念は、人類があと数回は大きな進化をしないと無理じゃないかしら?」
「難しくてよくわかんないや。それになんで勇者様は魔物を滅ぼさなかったの? 絶滅しちゃった動物とかもいるのに、なんで魔物はいなくならないの?」
「ダンジョンは脅威であり資源であり、魔物も同様に、ってこれも難しい話よね。そうねえ、必要だと思ったんじゃないかしら? 勇者様だって、ダンジョンで修業したから強くなった。最初から強かったわけじゃ、なかったのよ?」
「難しいことは分かんないけどさ、ダンジョンダイバーとかがいるから残してくれた方が良かったと思うよ。俺もなろっかなー。ダンジョンダイバー」
「あんたじゃ無理よ、それに野球選手になるんでしょ? そんなにあれもこれもフラフラやってたらダメよ。しっかりとした意思を持ちなさいよね。流されやすいんだからさ、2番セカンド、シーダ君」
「いつか4番ピッチャーになるんだよ。ティアこそそんなにきっつい性格でお医者さんになっても患者さんが怖がっちゃうぞ」
「ふたりともそれくらいにしなさい。もう夕方になっちゃうわ、今日の上映はコレで終わり。明日は勇者様の物語の後の世界の物語。そうね、地中海の物語でも用意しておこうかしら」
「うん、じゃあまた明日ね。また見にくるよ。お姉さんの話し方、面白いんだもん」
じゃあねー、と手を振りながら家路に着く二人の子供を、女は何故か懐かしそうに見送っている。
きっと女の子は人を癒す仕事に就くのだろうと。男の方は、あどけない今からは想像も出来ないような体格になり、スポーツ選手にでも冒険者にもなれるだろうと。確信に近い思いを浮かべながら。
上映会の片づけ、といっても座る席として引いた、ビニールシートをしまうだけだが、その最中にふと最近の世界のことを振り返る。懐かしいものを見た時に、思わず昔を思い出してしまうそれのように。
あの後、想像力を自由に働かせるようになった人類は再びその歩みを前に進めて、1万年前と同じような歴史を辿った。
その過程では戦争もあったし、新しい宗教が生まれては消えるなどもした。大航海時代があって、産業革命があって。世界は再び地球規模での交流を取り戻し、多種族間でも結婚だって、最近は行われるようになった。
マナ、魔法と科学の融合で発展をしてきたこの世界は以前とは違う。意志の力によってその姿から特性までかなりの違いを持つようになった人類たちの多様性は、以前とは比べ物にならないほどだ。
それほど多くの違いを持ちながらも、2千年の歩みは人類の目を宇宙に届かせるくらいにまで、再びの発展を遂げていた。それも、自然との調和を保ちつつ。
また、戦争といってもこの世界では世界大戦は起こらなかった。ダンジョンと魔物、人類共通の敵はまだ残っていて、殆んどは管理されており脅威ではなかったが。
それでも時に災害のように人類に牙を剥くことから、人類同士の協力は過去の歴史より強固に結ばれたまま。西暦の時代よりはずっと平和な世を築いていたのだ。
そして女は思う。
(これが、あなたの目指した未来だったのかしら。自由で、どこまでも発展を続け、それでいて自らを滅ぼすような争いはなく。
ま、これもいつまで続くか分からないけれど。人類がいつ、どんな進化、変化をするかなんてわからないものね。
なんてね。少しセンチな気分になったのは久し振りね。2000年。淡々と見守ってきたこの世界だけど。そろそろお疲れたのかもね。
私はいつまで、何処までを、見守るつもりなんでしょうね。さっきの二人のように、次の人生を始めても―)
女がそこまで思った時に、片づけをしていた手からふとマナフォンが落ちる。あ、と思うと同時に。
「スマホ、落としましたけど……大丈夫ですか?」
「スマホ? って、あ……」
この時代、いやこの世界にスマホは存在しない。それに気付いた女は一瞬の戸惑いと、訪れた大きな衝撃に感情を揺さぶられ。その目には涙が浮かび――
「子供向けの内容のようですが大人でも見れるのでしょうか? 今日が終わりなら、明日でも明後日でも、その次でも。1万年に比べれば、ほんの僅かな時間でしかないのですから」
いつか時と死を超えて。もう一度会おうと2000年前に約束した。忘れかけ、世界を、男が望んだ世界の変化を見守ることを、放棄しようとさえ考えた矢先。
それは偶然か、運命か。女にとってそれはもうどうでもよくて。ただただあふれる涙を止めることが出来なくて。
「君が泣くところを見るなんて1万年ぶりかな? それじゃあ前が見えないだろ。視えるとか言うなよ? 今度は、俺がその手を引く番なんだから」
返事をしようとして、言葉に詰まり。ただ頷いて、差し出された手を掴み。
二人は世界に向けて歩き出す。今度は二人で、見届けるために――
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