第17話

セレネとヘスティアの二人の実力が予想以上だったことから、短時間で終わらせるつもりだったセバスチャンの想定以上に時間がかかっていた。


セバスチャンがヘスティアに対して魔力を込めた斬撃を振るう。

それを剣が接触する瞬間のみ身体と剣に魔力を通して強化しつつ受け流しながら、彼女は一瞬の鍔迫り合いでセバスチャンの体勢を崩そうとする。

そして、ヘスティアによって体勢が崩されることを確信しているかのような軌道でセレネの剣が迫る。


なんの魔力も通っていない一撃だったがセバスチャンに接触する寸前に魔力が通り、その攻撃力が跳ね上がる。

姿勢が崩されながらもなんとか回避しようとした彼だったが、しかしその背中の肩付近に浅く一撃をもらってしまう。


「お二方とも随分と剣が上達しましたな。特に攻防での小手先の技術の伸びが素晴らしい。それに小手先の魔力操作もかなり上達したご様子で。」

「お褒めの言葉をありがとう。その小手先の技術を前にして苦戦しているあなたに言われるなんて光栄ね。」


お互いに余裕があるように振る舞っているが、セバスチャンには攻めきれない焦りが、セレネとヘスティアには体力の消耗と精神的な疲れが押し寄せていた。


(魔力が十分に使えないにも関わらずここまでの強さとは。魔力さえあれば、どれほどの強さになっていたものか...。)


たった一つの才能がないだけで、ここまで残念に思ったことは未だかつてあっただろうか?

あと一つ、魔力技術の才能があれば人間の完成形となっていたはずだけに、惜しくてならない。

そう彼が考えていたとき、屋敷のほうから女性騎士の声が聞こえてきた。


「お嬢様!ご無事でしたか!?」

「ナーシャ!」


アナスタシアは敵対している様子のセバスチャンと彼女らを見て、状況を大方把握したようだ。

そして、主君を守るようにセバスチャンの前に立ちふさがった。


「なるほど。襲撃にしては随分と手早くスムーズだとは思っていましたが、あなたが裏で手を引いていたのですね。」

「...。」


もはやここまでか。

彼女がここに来たということは、屋敷の者たちは騎士によって制圧されたのだろう。


(実力者を集めてきたつもりでしたが、期待外れでしたか。)


「...どうやらかなり厳しい状況のようですね。」


そういうと彼は懐から何か液体を取り出し、飲み込んだ。

悶え苦しむ様子を見せた直後、彼の身体から暴力的な魔力の波動が放たれる。


「髪色が...!!」


ヘスティアが発した言葉のとおり、セバスチャンの髪色が本来の青緑色から真っ白に変色する。

苦しんでいる様子の彼だったが、次第に痛みに慣れてきたのか、身体の奥底から湧き上がってくる力に歓喜し笑みを浮かべる。


「これが白髪の、神の力ッ!」


彼の姿が、輪郭が揺らいで見えてしまうほどに莫大な魔力量だった。

とても人が扱えると思えないほどの魔力が、セバスチャンの身体に満ち溢れている。


対峙しているアナスタシアは思わず鳥肌が立つほどに恐怖していた。

守るべき対象がいなければ、その足で立っていられなかっただろう。

そう彼女に思わせてしまうほどの恐怖感と絶望感であった。


(私の命に代えてもお嬢様を守る...!)


だが、彼女はそれでもなお立ちふさがっていた。

死を覚悟してでも、自身の成長のきっかけとなった人を救いたいという気持ちが、彼女にそう決意をさせた。


魔力量と、髪色からして扱える属性の数も向こうが上だろう。

長引くほど不利になるのは明らかで、そもそも長期戦になるかすら怪しい。


だからこそアナスタシアは短期決戦で仕留めようと、己と剣を魔力でひたすら強化する。

普段ではありえないほどの魔力を込めて強化した肉体は、常人が目で追えぬ速さでセバスチャンに接近する。

そして、脇構えから上段へと上がった剣が水属性魔力によって極限まで強化され、凄まじい速さで彼に迫る。


対するセバスチャンは、彼の本来の適性である木属性魔力で強化した剣で受けようとした。

そのまま斬撃が当たれば、たしかに余裕で受けきれただろう。

しかし剣が接触する直前、アナスタシアの水属性で強化していた剣に金属性魔力が加わったことで威力が大幅にはね上がった。


属性魔力には【相生】と【相克】という現象がある。

相生は属性魔力のエネルギーを高め、逆に相克は属性魔力のエネルギーを弱めて打ち消し合う。

今回の場合は、アナスタシアが相生により金属性で水属性を強化したことになる。

相手の属性魔力を利用する方法もあるが、自分の魔力のみで相生を行うには最低でも2つの属性魔力を同時に操作する必要があるため、かなりの魔力技術が要求される。


水属性の斬撃を木属性の魔力により受けることで相生の効果を得ようとしたセバスチャンだったが、金属性による相克に加えて相手の相生による威力増加により思わぬ一撃を受けることとなった。

地面に亀裂が走り、身体の芯まで震えるような衝撃波が二人の周りに伝わっていく。


「まさか相生を使えたとは。さすが次期騎士団長候補なだけあって実力は予想以上ですねぇ。」

「ッ!!」


これまで奥の手として隠してきた技術を用いたにも関わらず、それでもセバスチャンを斃すまでには至らなかったようだ。

上段からの真向斬りが受け止められたことから、アナスタシアは即座に右足を引きつつ剣を下ろして脇構えの状態に戻り、今度は右下から逆袈裟に切り上げる。

それをセバスチャンが半身をきって躱すが、切り上げられた剣が止まることなく今度は逆袈裟に斬り下ろされる。

またも受け止めようとしたセバスチャンだったが、剣同士が接触する瞬間にアナスタシアが剣を自分に引き寄せつつ左半身から右半身へと入れ替え、彼の心臓を狙って突きを繰り出した。


見事にフェイクに引っ掛かってしまったセバスチャンの無防備な左胸を剣が貫く!

だが、服は貫いたものの体を貫くことはできなかった。

驚愕し硬直した状態のアナスタシアは回避に転じようとしたものの、受けの姿勢から繰り出したセバスチャンの袈裟斬りを避けることができなかった。

彼女の防具を存在しないかの如く、あっさりとその刃は肌に斬撃を刻んでいく。


「ナーシャ!!」

「ッ!!待って、ティア!!」


自身が介入できるレベルをはるかに超えた戦いに観戦者に徹していたヘスティアだったが、崩れ落ちるアナスタシアを助けようとセバスチャンに斬りかかる。

彼女の鋭い剣はセバスチャンの首をとらえたが、やはりアナスタシアと同じく刃が通ることはなかった。


「さきほどのアナスタシアの一撃から何も学ばないとは...。」

「ティアああああああ!!」


そう嘲笑うように呟きながら、ヘスティアへと凶刃が迫る。

人外の魔力量により強化された肉体による一撃に反応できただけでも、ヘスティアの剣の才能の高さが伺える。

しかし、咄嗟に出した剣はその意味をなさずに切断され、引き延ばされたように感じる時間の中で刃が自身の首に向かってくるのを眺めることしかできなかった。

セレネが自身を助けようと向かってきているようだが、刃が届くほうが明らかに早い。


(ネイ君との稽古の時間、楽しかったなぁ。ようやく私にも可能性が見えてきたのに...。)


そう命を諦め目を瞑ったヘスティアだったが、覚悟していた痛みは来ず、しかも誰かに抱えられた気がして不思議に思い、目を開いた。


(...え?)


そこには、黒い装束に身を包んだ何者かが自分を抱きかかえながら、セバスチャンと対峙している状況があった。

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