第16話

その日、ネイピアスはいつものようにセレネとヘスティアとの稽古を終えてシュミット侯爵家で宿泊していた。

夜中に就寝していた彼だったが、ふとごくわずかな殺気を感じて目を覚ました。


(扉の向こうに二人か。)


そっとベッドから起き、理想流体アイデアルが忍装束とアイセーフティを形成する。

そして、カーテンが締まり真っ暗な室内の闇の中へとそのシルエットは消失していった。



◇ ◇



しばらくして客室の扉が音もなく開き、男が二人忍び込んだ。

ベッドを発見して近寄る男たち。


一人が毛布の膨らみを取り払った瞬間、もう一人がショートソードを突き立てる!

...が、赤い血が流れることはなく、そこにあったのは枕だった。

それに気づくと同時に、毛布を持った男が突然崩れ落ち絶命した。


すぐに剣をもった男が敵を探すが、時間をかけるまでもなくあっさりと発見できた。

死んだ男の傍に黒装束の格好をした何者かが佇んでいたからだ。

その何者かは、剣をもつ男に向かってゆっくりと歩みだした。


男は警戒しつつ黒装束の者を観察していた。

あと一歩で男の剣の間合いに入る...その瞬間、男の視界が真っ白に染まった。

視界を奪われたことで硬直した男は、直後に頭に強い衝撃を受け、二度とその意識を取り戻すことはなかった。



◇ ◇



(夜戦は知識と練度、装備の差が特に出やすいってね。)


忍装束が最も効果を発揮するのは当然ながら夜戦だ。

だから、夜戦を想定して魔法や装備の開発を行っていた。


今回使用した魔法は閃輝暗点フラッシュと名付けた魔法だ。

この魔法は、簡単に言えばカメラやライトのフラッシュを再現したものだ。

暗闇で急に強い光を受けると、暗順応していた瞳孔が入ってくる光量を減らそうと収縮するため、一時的に視界が奪われる。

そのため、夜戦におけるCQBではレーザーライトやフラッシュライトを用いることが多い。


この閃輝暗点フラッシュの弱点として、光の指向性がないため下手に室内で使用すると反射光によって自身も目が眩んでしまう問題があった。

そこで、アイセーフティに偏光機能をつけることでこの問題を解決した。


そして、相手を仕留めた攻撃は急所を当身で打ち抜いただけだ。

一人目は背後から心臓を狙い、二人目はこめかみを狙った。

使用した当身の属性は水で、求心の浸透勁だ。

これは殺法の中でもかなりえげつない部類の当身で、師匠から現代日本にて基本的に使用を禁じられていたものだ。

とはいえ、ここは異世界なので使用に際して何ら制約はない。


そんなわけで男二人を瞬殺したネイピアスだったが、襲われた理由を考えていると他の部屋から騒がしい戦闘音が聞こえてきた。


(実験サンプr...じゃなくて、彼女らが危ない...!)



◇ ◇



セレネとヘスティアは傷を負いながらも4人組と戦っていた。

とはいえ実質的に戦っているのは2人だけで、他2人は周囲の警戒をしているようだ。


(こいつ...あえて手加減している...!)


「何が狙いなのかしら?あえて手加減をしているようだけれど。」

「そりゃすぐに殺したら面白くねぇだろ?」


状況は最悪に近かった。

侯爵家当主および次期当主の長男は他国に訪問に行っており、騎士団長や主力の騎士団も護衛として同行している。

襲撃もおそらくそのタイミングを狙ったのだろう。

残った騎士団が対応しているようだが、襲撃者のほうが戦力は上のようだ。


少しでも長引かせれば救援が来るかもしれないと奮闘していると、部屋の扉付近が騒がしくなり声が聞こえた。


「ヘスティア様!」


アナスタシアが救援に駆け付けたようだ。


「チッ...もうちょっと遊べると思ったんだが。」


襲撃者の男がそう言うと、明らかに彼の纏う雰囲気が変わった。


「ティア!」

「...ッ!分かったわ!」


そのことを感じ取り本能的に危機感を抱いたセレネは、ヘスティアと共に窓から暗闇が覆う夜の世界に飛び出した。

夜の2階から飛び降りるという危険極まりない行為だったが、二人とも多少は魔力を使えたため脚を強化しながら怪我をせずに飛び降りることができた。

...とはいえ、かなり運が良かったのは間違いないが。


「ネイ君ってまだ部屋にいるよね?大丈夫かな?」

「あいつのことだし大丈夫でしょう。それよりも早く街に逃げましょう。」


脱出できたことに一安心していたそのときだった。


「おや、お嬢様。こんな夜分遅くにお出かけとは...。あまり外聞がよろしくないのでは?」


聞きなれた声がした方向を向くと、月明りに照らされたシルエットが見える。


「セバス...なぜ...。」

「この襲撃ってもしかしてあなたが企てたものかしら?」


彼はその手に持つ剣に似合わぬ穏やかな微笑みをたたえながら、否定する。


「いえいえ、滅相もございません。私が企てたものではございませんよ。」


しかし次の瞬間、彼の顔にたたえられた微笑みが狂気的な笑みに一変した。


「まぁ来客を手引きしたのは私ですが。」

「...ッ!」

「なぜ!?なぜなのセバス!」


ヘスティアは訳が分からないといった様子でセバスチャンに問いかける。


「なぜ?そんなの決まっているではありませんか。あなたが邪魔だからですよ、お嬢様。」


狂気的な笑みを向けられ、セレスティアは思わず萎縮してしまう。

そんな彼女にたたみかけるようにセバスチャンが語りかける。


「あなたのような黒髪が侯爵家にいては、外聞がよろしくないのですよ。次期当主となるポセイドン様の足かせとなりかねない、だから処分する。ご理解いただけましたか?」

「...それだと私まで襲われた理由の説明がつかないんだけど?」


「一緒にいたから巻き込んでしまっただけですよ。」

「へー、そうなのね。だったらなぜ襲撃者は最初に私を狙ったのかしら?不意討ちでティアを狙えば私も気付かなかったかもしれないのに。普通はターゲットを最優先で狙うものじゃないの?」


「...なるほど。本当に魔力技術以外は優秀ですな。」

「一言余計よ。」


セバスチャンは観念したかのように語りだす。


「侯爵家の足かせになるから処分するのも、一応の理由ではあるのですよ。しかし、本当の理由はあなた方のような黒髪の劣等種の処分が目的なのです。黒髪の方々はこの世界にとって無駄な人々でございますから。」

「...随分と好き勝手に言ってくれるじゃない。どこが無駄なのよ。」


「おや、自覚がないとはさすが黒髪といったところですね。」


思わずその煽りに噛みつきそうになったセレネだったが、こらえてセバスチャンに無言で説明の続きを促す。


「世界の資源には限りがあります。皆に平等に資源を分け与えては、皆が飢えるだけになってしまう。そんな飢えた状態ではいずれヒト種族は滅びることになるでしょう?だから、植物の間引きや芽かきと同じように、我々がヒト種族の黒髪という無駄な存在を間引くのですよ。」

「...黒髪って本当に無駄なのでしょうか?魔力技術が不得手なだけで、それ以外は他の人よりも優秀な方々だっていらっしゃいます!」


「その可能性もあり得ますね。ですが、必ずそうだとは限りません。黒髪でもそれ以外でも優秀な割合が変わらないのであれば、確実に魔力技術の劣った黒髪を間引くのが合理的でしょう?」

「...平行線ね。」


どちらも可能性としての話をしている以上、これ以上は水掛け論になるだけだ。

それよりも、さきほどの説明の中で気になったことについて聞いてみることにした。


「さっき “我々” って言ってたわよね?そういった思想をもつ邪教にでも所属しているのかしら?」

「欠片も論理性のない邪教などと我々を一緒にされたくないのですが...。」


セバスチャンは、思わずといった様子で苦笑いを浮かべる。


「黒髪を殲滅し、白髪の方々に世界をより良い方向へ導いてもらう。それが我々【コスモス】の目指す理想にございます。」

「「コスモス...。」」


セレネとヘスティアはその言葉に聞き覚えがあった。

とはいえ、本当にただ聞いたことがある程度だったが。


魔力至上主義組織【コスモス】。

昔からその存在は知られていたものの、黒髪の人々のみを狙って殺害していたためあまり大きな問題とされず、長年放置されてきた組織だ。

そのため本格的な調査などがされておらず、構成員や規模、活動地域など不明な点が多い。


「魔力至上主義とは聞いていたけどそういった背景があったのね...。」

「ご理解いただけましたか?そういうわけで、大人しく処分されていただけると有難いのですが。」


気付けば侯爵邸のほうから聞こえる喧騒がかなり小さくなっていた。

どうやら騎士と襲撃者の争いに決着がついたらしい。

彼女らは、生き残るために騎士団の勝利を祈った。


(あとしばらく持ちこたえれば...。)


生死をかけた戦闘がまさに始まろうとしていた。

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