第5話

第5章(執筆途中)


 *5.境哭に暈


 柿音の大抵の休日は暇になる。

 バイトも無い日は特にそうだった。

 昨日の怪我も、殆ど完治している。

 それでも。

 柿音の心情には引っ掛かるものがあった。


「…………ハァ」


 読んでいた恋愛小説を閉じる。

 文章が頭に入らず読み進めているだけの作業と化していたこともあり、何より自分の気持ちが晴れなかった。

 今日の夜、自分は送魂師の仕事が出来ない。自分がパトロールする筈だったエリアは堅太郎と他の送魂師達で埋め合わせる手筈になっている。


「自分がいなくても大丈夫なんだ……」


 落胆した感情が、口を突いて出る。

 柿音の周りの世界がまるで変わってしまったかのよう。いや、実際変わっているのだが。

 生者から半屍人へ。そして高校生と両立して送魂師へ。

 だが、柿音(じぶん)は半端にこなしてきたのかもしれないと考えてしまう。

 屍人との向き合い方も、堅太郎に嗜められて以降は無駄に損壊させずに、なるべく早く退治する様にはしているものの。知らず口角が上がってしまう時もあったのだった。

 戦いへの順応性が高すぎるが故の驕り。

 相手を殴るのに躊躇しなくなったのはそういうこと。


「……あー!!ダメダメ!!じっとしてたら変な事考え続けちゃうんだから!」


 そういえば勉強の予習が残っていたと思い直し、柿音は運び込むのにだいぶ苦労した机に向かった。


 *


 時間が過ぎ去るのは早い。

 日中の時間は矢の如く過ぎ、すでに逢魔時を迎えている。

 柿音が軽く伸びをして、勉強道具を閉まっていた時。


「じゃあ、間違いないんですね?」


 外から堅太郎の声が聞こえたのだった。


「……分かりました。やっぱりあいつが……柿音の家族を殺した犯人……はい。彼女には言っていません」


「――――え?」


 瞬間、耳を疑う。

 家族を殺した犯人――?

 誰が……?


「……白虎の居場所は……はい。そこで間違いないんですね?……なるほど。暴力団と繋がっていたのなら拠点が多いのも納得だ。……はい。それでは今夜決行ということで……よろしくお願いします」


 会話が終わる。

 柿音は扉を開いて、振り向き仰天する堅太郎と目が合う。


「柿音……」


「今のどういうこと?私の家族を殺した犯人が……あいつ、なの?」


「……聞こえてたんだね」


 眉間を抑える堅太郎に、柿音が詰め寄る。


「いつから分かってたの?堅太郎が追ってた屍人が、私の家族を殺してたって」


「……この町でかつて、屍人関連の惨殺事件があったのは知っていた。その生存者が柿音だって気付いたのは……初めて触れたあの時」


「……なんで隠してたの?」


「追ってるやつと犯人が同じだとは聞かされていなかったから……居場所を聞いたついでに聞かされたのはさっきだ」


「……どこにいるの。そいつ」


「知ってどうするんだ……君は大人しく休んで」


「私はお荷物にならない!!」


 突然の大声に、下で営業していた店長が上がってくる。


「どうしたのさぁ?室崎さん?」


「…………すいません、何でもないです。……堅太郎、夜はついて行くから」


 それだけ堅太郎の耳元で呟いて、柿音は扉の奥に閉じこもる。

 後には困惑顔の店長と堅太郎が残された――


 *


 この町唯一の不良債権。バブルの遺産。

 山奥の超高層ホテル。近くに湖も無く、海もなく。泊まる人がいる訳もなく。ただ利用客に高級感を感じさせたいが為に作られた、虚栄の城。

 そんな見果てぬ夢の跡地に、二人は立っていた。背後には、見張りのつもりであったであろう車に強面の男が二人仲良く眠っていた。堅太郎の魂道術で眠らされたのである。


「柿音。僕の許可がない限りは、飛び出していっちゃダメだよ?考えなしに突っ込んで、どうなったか分かっているだろう?」


「そんなに手厳しく叱らなくてもいいじゃない……分かってるわよ。それぐらい」


 無言で頷いた堅太郎は、柿音がついてくるのを見ながら、深夜の廃ホテルへと侵入していく。


 *


 このホテルはいわば、廃墟愛好家達にとっては格好のフォトスポットであった。故に日中も稀に参加者が来るのであるが……行方不明になることも少なくない、という情報が堅太郎には届いていた。


「白虎は恐らく、日中であっても光が届かない場所に来た来訪者を狩っているんだろうな」


「それで、外にいるような連中に後処理は全部任せてるわけか……何で協力してるの?」


「恐らくは自分達より力が強い、得体の知れない存在に従う他に無い状況なんだろうね。白虎の呪詛は強力だ。屍人にされるよりは易い仕事だろう」


 長い時間は屍人の知恵を伸ばし、呪詛を深める。

 協会が屍人を許さないのはそれが理由でもある。


「……鳴子が鳴り続けてる」


「そうだね。あちこちで反応がある。白虎の他にも屍人がいる筈だ……」


 言ってから、堅太郎は歩みを止める。

 複数の唸り声が、柿音にも聞こえ始めていた。


「……はぁーあ。まずは雑魚狩りからか〜。ナンマイダブナンマイダブ……」


「柿音」


「死者に敬意を〜でしょ?だから、お経唱えてるんじゃない。でも戦う側としては、そうも言ってられない瞬間無い?」


「そうなった時は、全てが終わった後に黙祷を捧げてるよ」


「じゃあ良いじゃない。私のお経でも」


「んー……まぁ良いか……」

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境哭に暈(きょうこくにかさ)※執筆途中※ @esunishishinjo

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