第40話『播磨灘物語』司馬遼太郎

 司馬遼太郎が亡くなってから30年がたつ。


「もうそんなに?」


と感じるが、司馬遼太郎は1996年2月に亡くなっているので、来年で30年。いまは2025年12月なので間違いない。あっという間の30年だった。


 以前このエッセイでアイザック・アシモフについて書いた際、


>わたしには尊敬する三人の小説家というのがありまして、その人たちの作品はいっとき「ずっとこれを読んでいたい」と思って、その人たち作品を片っ端から読んでいた時期があります。


と書いたが、アシモフに続く二人目の「尊敬する小説家」こそ、今回取り上げる司馬遼太郎です。


 司馬遼太郎は、昭和の中頃から末頃にかけて活躍した歴史・時代小説作家です。代表作は『龍馬がゆく』、『坂の上の雲』など。生前から国民的作家と呼ばれ、広く読まれていました。


 当時、わたしは大学生で講義の最中、先生が、「最近は卒業論文の出典に司馬遼太郎の作品を挙げてくる学生がいるが、あれは小説だからダメ。いまの学生はそんなことも知らない」と話をしていて「へえ」と思いました。司馬遼太郎の歴史小説がいかに広く読まれ、もっともらしく書かれているか、大学教授も警戒するレベルに達しているとわかるエピソードだと紹介しておきます。笑


 さて、こんな司馬遼太郎作品の魅力は、その博識と読みやすさにあります。


 まずその博識についてですが、司馬遼太郎は歴史小説を書くに当たって入念な下調べを行い、その当日の天候まで調べて執筆したと言われていて、それが圧倒的なリアリティを生むのです。


 つぎはその読みやすさですが、なにが司馬遼太郎の読みやすさをつくっているのか、分かってたら……世の作家志望者は苦労しないんですよ。天性の才能なんですよ、きっと。



 数ある司馬遼太郎の小説の中からわたしが取り上げるのは『播磨灘物語』。舞台は戦国時代、天下人・豊臣秀吉の軍師として有名な黒田官兵衛の生涯を描いた長編小説です。


 黒田官兵衛は、北九州福岡・黒田藩の藩祖となった戦国武将ですが、生まれは瀬戸内海に臨む播磨国・姫路です。だから『播磨灘物語』。


 黒田氏は、官兵衛の祖父の代から播磨国守護である赤松氏の一族である小寺氏の家老として仕えています。主君の信頼を得て小寺の姓を名乗り、官兵衛が家督を継ぐころには姫路城を任されていました。


 ときはあたかも戦国の風雲が急を告げるごとき時代。尾張国から興って瞬く間に中央を席巻しはじめた織田信長の勢力が周囲に膨張しはじめ、播磨国にその軍団を差し向けてきたとき、織田家の精鋭たちと対峙することになったのが、黒田官兵衛だったのです。


 官兵衛は、強大な織田軍団から播磨国を守るため、固陋な保守主義者である小寺氏を説き伏せて織田家に味方することをまとめ、小寺家に仕えながら織田家の指揮も受けるという難しい立場に置かれることを選びます。


 織田家に立場を得た官兵衛でしたが、播磨国を巡る情勢はいよいよ緊迫し、豊臣秀吉の指揮する三木城攻めの最中、織田家に反旗を翻した荒木村重を説得するため有岡城に向かいますが、逆に捕えられて幽閉されてしまいます。嗚呼、一世の風雲児、黒田官兵衛の運命やいかに!


 ――というような物語です。おもしろそうでしょ。えっ、そうでもない? 


 じつは、わたし――藤光は、兵庫県姫路市出身でして、この『播磨灘物語』に出てくる土地や地名にはいちいち縁があります。姫路城は通学の途中、毎日通りますし、家の裏山からは播磨灘が広く眺められます。


 行き交う人の風俗や町の姿は戦国時代と変わりましたが、海や山、川など大地の景色が大きく変わるはずがありません。


『いま自分が見ている風景を官兵衛も同じように見ていたんだ』


 そう思うと自分の見ている景色のなかに黒田官兵衛の息づかいが聞こえてくるような不思議な感覚にとらわれることがある――『播磨灘物語』は、わたしにとって特別小説なのです。



 司馬遼太郎『播磨灘物語』(講談社文庫)


 司馬遼太郎(1923-1996)は、大阪府出身の小説家、評論家。代表作は、『龍馬がゆく』、『燃えよ剣』、『国盗り物語』、『坂の上の雲』、『街道をゆく』。


 昭和を代表する歴史小説家で『龍馬がゆく』、『坂の上の雲』はいろんな人が影響を受けたと引き合いに出す作品ですが、『坂の上の雲』はリーダビリティが低いと感じるのでイマイチ。『龍馬がゆく』は定番中の定番なので未読、というひねくれ者の藤光です。


 わたしは幕末を扱った短編が好きです。『新撰組血風録』をはじめとした新撰組ものは特におもしろい。大学教授はくさしてましたが、幕末の歴史に興味を持てたのは間違いなく司馬遼太郎のおかげ。大学の先生にはできないことだと思います。


 次回は、深沢美潮『フォーチュン・クエスト』を取り上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る