マーダー・インサイド・バンブー

碧河ケイ

序幕

 私は竹の中にいた。

 暗く、狭い竹の中である。


 そんな暗闇の中で──この憎しみだけはいつまでも鮮明だった。


 いつから、そして何故だろうか。


 この暗闇は、私への罰である。

 何もできず、ただ漠然と彼女の優しさに抱かれていた、愚かな私への罰なのだ。

 

 彼女は、皆が優しくしてくれたから優しくなれたと言った。

 私は、奴らによって憎しみを知ることが出来た。


 憎しみと共に、彼女の慟哭を想いながら、私は奴らの声を思い出す。

 この暗闇は、私への罰であり、奴らにとっては──いずれ往く地獄でもある。


 この身を裂くような怒りをぶつけるため。

 復讐に焦がれながら、私は竹の中にいた。


 私は、それしか知らなかった。

 

 そして、今、その願いが果たされたのだ。

 

 ただ──。

 

 この胸のうちに去来するのは、達成感などではなかった。

 もう彼女がいないという虚無感だけだった。

 我が身を突き動かした怒りは最早存在しない。

 彼女も死んだ今、大願を果たしたはずの私に、何も残ってはいなかった。

 

 そして気が付けば、私は歩き続けていた。

 

 竹の外へ。

 あれほど焦がれていた世界は、どこまでも褪せていた。

 

 どれだけ歩いたかは分からない。

 何度、日が落ちたかは分からない。

 

 ただ、あの場所へ。

 もう一度、始まりの場所へと行きたかった。


「初めまして」

 

 声の方へ顔を向ける。

 

 音もなく、気配もなく、女は現れた。

 女は、真紅の羽織を纏っていた。


「あなたが殺したんだね」

 

 風が吹く。

 女の赤い羽織が揺れる。


 ──月の明るい夜だった。


 そうだ。

 私が──あの異星人を殺したのだ。


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