第15話 自分のためがみんなのためで
動物園の朝は、いつもよりちょっとだけにぎやかだった。
今日は「動物たちのにぎやかパフォーマンスデー」。
飼育員さんも、動物たちも、なんだかそわそわしていた。
シロは、そわそわするみんなを眺めながら、深呼吸をした。
ユキは泳ぐだろうか。ランは走るだろうか。フライは飛ぶのだろうか。
でも——それを決めるのは、誰でもない、本人自身だ。
そのころ、空の上ではフライが大きく羽を広げていた。
「高いところはこわいけど、今日は……なんだか、飛べそうな気がするんだ」
そう言って、ふわりと風にのった。
決して高いところを飛んでいるわけではない。
それでも自由に羽ばたいていた。
ランは、広場のすみっこでゆっくりと歩き出していた。
観客からの「がんばってー!」の声に、ピタリと足を止める。
そして、くすっと笑って言った。
「速くはないけど、走るのって嫌いじゃないんだ」
「前はずっと誰かと比べてた。『遅い』って自分を笑ってた。でもね、比べなくていいんだって思ったんだ。だって、“ラン”はおれの名前だから。おれの足で、おれの速さで走るんだ」
そう言って、ランはゆっくり走り出す。
速くなくても、力強い足音がリズムを刻む。
拍手が起こる。スピードじゃない。生き方への拍手だった。
そしてプールの前。
ユキはしばらく、水面を見つめていた。
その水の中には、見覚えのある白い背中。
——シロが泳いでいた。
まだバシャバシャしていて、全然かっこよくない。
でも、その姿にウソはなかった。
「……わたしも、泳ごう」
ユキはそっと水に足を入れた。
「今日は、見せるためじゃない。わたしのために、泳ぎたいの」
しぶきが上がり、ユキが水の中へとすべりこむ。
その先には、少しずつ泳ぎが上達してきたシロ。
ふたりのシロクマは、プールの中で並んで泳いでいた。
速さも、上手さも違う。
でも、ふたりとも楽しそうだった。
シロは心の中で思った。
「比べることより、自分のことを大事にしたい」
「自分らしく生きるってことは、誰かと違うことを恐れないってことなんだ」
「そしてその生き方が、誰かを笑顔にできるなら——それは、きっとすごく幸せなことなんだ」
その日、動物園にはたくさんの笑顔が広がった。
それぞれが、それぞれの歩幅で。
みんなちがって、みんな生きていた
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