後編
俺が女の身体になって、真っ先に抱いた感情は“不安”だった。
俺のTS願望や妄想は具体性に欠けていたから。
これからの学校生活はどうなるんだ、家に帰ったら家族に拒絶されやしないだろうか。
怯えながら歩道を引き返し、駐車場の隅にある木陰でおにぎりを食べた。
保冷バッグに入っていた米は冷たく、だけどいつも通りに美味しかった。
「···こんな終わりは、嫌だ」
腹を満たしたら、沸々と元気が湧き出した。
そうだ、こんな終わり方を許してたまるか。
大学に行ってからも陸上を続ければいい。
戸籍だとか、みんなからの認識なんてものは後から付いてくるはずだ。
母さんへ「帰るから、迎えに来て」とメッセージを送り、俺は覚悟を決めた。
性別がどうなろうと、俺は陸上を続ける。
いつか自分自身が納得できるまで。
◆◆
TSした翌日に学校を休んで大きな病院へ行ったところ、医者からは「異性化」だと診断された。
病気の一種らしい。
「そんな病気···本当に存在したんですか」
「非常に稀な症例ですが、確かに貴方のようなケースは実在します。一般に知られていないのは、異性化した男女は存在を秘匿された上で、別の人間と成り“生き直し”ているからです」
「生き直し···」
「実は異性化にはある副次的反応がありましてね。誇張した表現にはなりますが···超人と成るんですよ」
その医師が言うには、異性化のメカニズムはよく分かっておらず、細胞の突然変異だとか、ウィルス性の疾患だとか···とかく様々な“説”が唱えられているらしい。
共通しているのは、身体能力の劇的な向上。
嘘か真か、トップアスリートにも異性化した人間がいるという噂もあるそうだ。
このことが広まったら全世界が混乱に陥る恐れがある···だから機密情報。
「私が知らされている情報はここまでです。···いやはや、私以外にも異性化の患者は実在したんですね。実際に会えたのは初めてです」
「え、貴女も!?」
「元男です。···なんか、すいませんね」
「あっいえ、そんな···」
美人なお医者さんだと思ってたんだが···ほんの少しだけ残念だったな。
でも同じ「異性化」仲間がいるのは心強い。
「···さて。“生き直し”のパターンは大まかに2つあります。1つ目は、どこか遠くの地で、家族と共に暮らすこと。そしてもう1つ目は───」
「常識を改変し、元の暮らしを続けるのです。元の貴方を知る全ての人物の記憶を改竄し、新たな生を享けるのです。
···ただし1人だけ、常識改変から逃れる事が出来ますが···貴女は、どうしますか?」
☆☆
「···あいつ、何処行ったんだろ」
『今日の大会には参加できません』というメッセージ1つだけを残して、あいつは消えた。
心配になったからあいつの家に行ってみたけど、既に売りに出されて、最初から誰も住んでいないような風だった。
周りの奴等に聞いても、「そんな奴は知らない」としか返されなかった。
···あいつは俺の親友だった。
小学校の頃からずっと一緒で···あいつがいない世界はどこか空虚に見える。
「えー、転校生を紹介するぞー」
「!?」
教室へ入ってきた女の子を見て、思わず俺は席から立ち上がってしまった。
あり得ない···絶対にあり得ないことなんだが、彼女とあいつの姿が重なって見えた。
「どうした◯◯···顔色悪くないか?」
「あ、いや別に···すいません」
気を取り直して席につき、今度は大人しく自己紹介を聞く。
「私の名前は────です。3年の夏休み明けという変なタイミングでの転校ですが、皆さんと仲良く出来たら嬉しいです。よろしくお願いします」
クラスメイトの拍手が響く。
···この胸のざわめきはなんだ?彼女とは初対面のはずなのに、初めて会った気がしない。
「えーと、席は···◯◯の隣が空いてるな」
「えっ」
「よろしくね、◯◯くん」
俺の名前を呼んで、彼女は美しく微笑んだ。
──────────────────────
・主人公
異性化を患った。
男としての記憶を無くした。
・◯◯
主人公の親友だった。
記憶を保持した。
──────────────────────
《その後》
主人公は◯◯と交際を開始。
進学した大学で陸上部に所属し、超一流のスプリンターとして名を馳せる。
引退後は◯◯と結婚し、2人の子宝に恵まれた。
大会直前のTS AK3t(TuT) @AK3t
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