貴方は私を知っている?

 扉を開けたそこには、農具を携えた何人もの村人が居た。

 中でも、体の大きな赤毛の女性は、ソファの真ん中にどっしりと構えている。

 部屋の入り口で固まる私の背後で気配がした。振り返る。


 「ちょっと⁉︎ 待って‼︎」


 閉まる扉に思わず声をあげる。慌てて腕を伸ばす。が、それも虚しく、扉には鍵までかけられてしまった。

 赤毛の女性が低く言う。


 「逃げ口が塞がれちゃまずいのかい?」


 妙に圧のある声だった。聞くだけで足がすくむ。

 彼女は正面のソファを顎で指した。座れと。おそるおそるソファに近づき腰を下ろした。赤毛の女性も、それを囲む村人も、全員の鋭い目線が私に降りかかる。顔を上げていられなくて俯いた。視界にはソファの間にある机しか写っていない。

 大きな音と共に机が揺れた。彼女が台を叩いたのだ。

 驚いて顔をあげる。農具が鈍く光る。


 「あんた、二人をどうするつもりだい」


 彼女は静かにそう告げた。


   二人———— レスアとエタナのこと?


 何のことか……問う前に遮られる。


 「アタシらはねぇ わかってんのさ。さっさと白状しな」


 「な、何のことか————」


 「とぼけてんじゃないよ‼︎‼︎」


 彼女は声を張り上げた。桑の先が目のすぐ近くまで迫る。目の奥が熱い。一体何の話をしてるの。白状? とぼけてる? 私は何かしたの? どうしてこうなっているの?


 「あんたは、彼らを殺す気だろう!これ以上アタシらを弄ぶんなら容赦しないよ‼︎」


 彼女の腕が伸びる。胸ぐらを掴まれる。


 「待って……」

 

 数々の農具が襲いかかる。



 「やめんか!!!!!」


 まっすぐな怒号が部屋中を一喝する。赤毛の女性がボソリと「村長……」とだけ呟いた。彼、村長は部屋の入り口に立ち、眉間に皺を刻んでいる。その後ろには目に涙を溜めた村長の娘が。村人を睨みつける村長を見て、私の視界は涙に潤んだ。


 「なぜ止めるんだい! こいつは!」


 「シュウ様は! アルカス様に危害など加えん! 離さぬのであれば全員、村から出ていってもらう!」


 「でもな村……」


 「家族もだぞ、トワイライト」


 赤毛の女性“トワイライト“は目を見開いて村長を見た。そして苦い顔をして舌打ちをした。私を離し村人たちに目配せすると、全員が部屋の外に出ていく。

 村長の娘は、恐怖で座り込む私に駆け寄ってくる。


 全員が出ていき、扉が大きな音を立てて閉められた。

 村長は大きくため息をつくと、向かいのソファに座った。娘さんは、私を支えながらゆっくりとソファに座らせてくれた。


 「シュウ様」


 村長は私を見て、私の名前を呼んだ。

 そして、床に手をつき、


 「本当に、申し訳ない」


 彼は頭を下げ、額を床につけた。


 「いや、待って、そこまでする……」


 必要はないと、言いたかった。村長は顔を上げるそぶりを見せない。すると、彼の娘がその横で、膝をついた。


 「本当に、ごめんなさい!」


 彼女は涙を流して、地に伏した。

 

 「私は……こうなることを知っていたのに……止めることが、できなくて……」


 目の前に泣き伏せた女性をどうしていいか分からず、私は彼女の背中を摩った。部屋に嗚咽が響く。村長は眉を下げ、自分の娘を見る。この人は、知っていたのか。村人たちの横行を、私がどうなるのかも。部屋の前で私に見せた表情にはそんな気持ちが隠れていたのだ。緑色の瞳が潤み泣きそうだった彼女を思い出す。

 彼女は、色々と背負いすぎだ。村長を読んでくれたのは、きっとこの人だ。村人たちを止められなかったとしても、こうして私を助けてくれた。


 「……大丈夫ですよ」


 私は目一杯笑って見せた。どうかこの人が自分を深く追い込みませんように——。

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