私は貴方を知らない

 コンッ コンッ コンッ


 誰か来た……? ノックをしている? 顔を覆った毛布をさらに深く被って居留守を使う。レスアたちは鍵を持っていったし、スタッフさんか。私に用があるわけじゃないだろうし、このまま誰もいないふりをしてたら諦めてくれるよね。


 コンッ コンッ コンッ


 声を殺して、毛布の裾を握りしめる。


 コンッ コンッ コンッ


 ……


 コンッコンッコンッ


 (もうだめだ……)


 毛布を剥ぎ取り、ベットから飛び起きる。念の為近くにあった棒(何故かあったんです)を手に取って構えた。粘着質な相手だ。返事がないんだから帰って欲しかった。扉の前に立つ。相変わらずノックは続いている。手でわざと髪を乱す。これで「あ、寝てたんだ」っていやでも伝わるはずだ。私は直接文句は言えないけどこういう態度で示すんだからな。ずるい奴だと自分でも思った。


 「は〜い。 あ、村長の娘さん……」


 そこに立っていたのは村長の横にいつも立っていた女性だった。随分ぎこちない笑みを浮かべている。なんかこう、笑顔に慣れていないのに無理やり口角を上げたような感じ。もともと困り顔の美人さんっていう雰囲気だったし、変に繕うのが苦手な方なのかもしれない。


 「どうしました? レスアとエタナなら今居ませんけど……」


 彼女はすごく申し訳なさそうに俯いた。

 そもそもおしゃべりが得意じゃない私も、彼女のこの感じを見るとなんだかおちつけない。護身用に手に持っていた棒を弄り出す。

 小さな沈黙が漂った後に、彼女の方から口を開いた。


 「あ、貴方様に……客人が、いらっしゃってます」


 「え、」


 彼女は大変小さな声でそう告げると廊下の奥の方に走り去っていった。

 だが、今の私には彼女の心配よりも、彼女の言葉を疑う気持ちと言いようのない恐怖で満たされていた。

 私に客人? 一体誰だ? 私に村人の知り合いはいない。仮に面識のある村長やクノッピおじさんだとしても、果たしてこんな呼び出し方をするだろうか。

 一度、部屋に戻ろう。体を180度回転し、シートの乱れた手前のベットを見つめた。先程まで安全だと思い込んでいた部屋が、急に他人のものに感じられて嫌な汗が出始める。こんなことならエタナのいう通り着いて行くべきだった。嘘をつくのは良くない。それを実感したのだった。



***



 私は宿のスタッフに連れられて、一階にある交流部屋という場所に案内された。大きな不安に取り憑かれ、シャツの裾を湿った手で握りしめた。暑くもないのに汗が止まらない。相手は完全に未知の相手だ。そんな人物の目前に立たされるというのだからこうなるのも無理はない。スタッフの歩幅に抑揚を感じない。私の足取りが歪なのだ。

 部屋の扉の前に案内されると、役目を終えたスタッフはそそくさと離れていった。扉を開けるのは私だと言わんばかりだった。

 光沢のあるドアノブに触れる。この扉は妙に重かった。

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