公爵令嬢ですが、私の『影』が勝手に吹き矢を吹いてしまうのが悩みです

黒星★チーコ

公爵令嬢ですが、私の『影』が勝手に吹き矢を吹いてしまうのが悩みです

→第1話

 わたくしの名はフローラ・ゲティンボーブド。

 栄えあるゲティンボーブド公爵家の長女です。

 私には幼少期から決められた婚約者がおります。この国の第一王子であるロイド殿下です。

 ご令嬢の中には私の立場をうらやむ方もいらっしゃいますが、私は私で大変なこともあるのです。


 私は今、様々な王子妃教育をこなす傍らで王立学園にも通っております。勿論、王立学園の中でも気が抜けません。成績は常に上位を保ちつつ、生徒会やボランティアなどにも努める必要がございます。

 また、それらはあくまでも当たり前のように淡々とこなさねばなりません。辛さを見せるのは弱みを見せることですもの。


 でも最近、更に私に悩みが増えましたの。

 私の周りで困ったことが立て続けに起きているからです。


「やあ、フローラ嬢」

「ごきげんよう」

「貴女は今日も美しい。まるで朝露をたたえた一輪の白い薔薇の様に……」


 フッ → プスリ


「ふあっ!?」


 学園の中庭で私に声をかけてきた派手な装いの男子生徒(名前も知らない方ですわ)がいきなり首を抑えてうめき、そのまま膝をつきました。


「きゃあっ!?」

「なんだ? どうした?」


 周りがざわつくので私も一応「きゃー(棒)棒読み」と声を出しておきます。最初の内は本当にびっくりして小さく叫んでいたのですが、余りにもこういうことが多いので慣れっこになってしまいましたの。


「おいおい、ピーター大丈夫か。さてはゲティンボーブド公爵令嬢があまりにも綺麗だから腰が抜けたんだろう?」


 一人の男子生徒が膝をついた男子に近寄り、肩を貸します。すらりと細身の、黒髪で眼鏡の目立たない装いをした男性です。私と目が合うと、眼鏡の奥にある紫色の瞳を細めました。


『ああそうだ。フローラ嬢の美しさはこの世のものとは思えない。女神も彼女の前では裸足で逃げだすだろう。俺はもうだめだ……』


 また始まったわ。ピーターと呼ばれた、膝をついていた男性のでそのセリフが器用にすらすらと紡がれます。


「そうか、じゃあちょっと休もう。な。公爵令嬢、失礼致します」


 彼はそのまま倒れた男子生徒をどこかへと連れて行きました。

 ……全く。酷い自作自演ですわ。私は小さなため息をついてから微笑むと周りへ謝罪をします。


「皆様、お騒がせ致しました」

「フローラ様が悪いわけではありませんわ」

「そうですよ。あの人が勝手に倒れただけじゃないですか」


 勝手に、ね。実は私に付いている『影』の仕業だとはとても言えないわ。


「まあ、フローラ様が美しすぎるからいけないとも言えますけれど」

「そうね、うふふふ。フローラ様の美しさは罪ですわね」

「な、何かの間違いですわ」


 私は慌てて否定しますが、もう周りの人々は冗談半分本気半分で、彼が私の美しさの為に倒れたと信じているようです。困りましたわ……。


「フローラ様ぁ~!!」


 甲高く、ちょっと音がハズれたような声が私の名を呼びます。遠くからこちらに向かって走ってくるのはピンクの髪を持つメリー様。あの方は男爵令嬢なのだけれど、最近やたらと私やロイド殿下に馴れ馴れしく話しかけてきたりボディタッチが多かったりと常識知らずの困った行動をされるのよね。今回は何かしら。


「フローラ様見て下さ……」


 フッ → プスリ


「あっ」


 私に駆け寄ろうとしていたメリー様が突然、手に持っていた瓶の中身をまき散らしながらバタリと倒れました。あたり一面、彼女ごと瓶の中の液体によって真っ黒に染まっています。


「な、何……?」


 私達が状況を飲み込めず呆気に取られていると、黒髪に眼鏡の、女性にしては長身の女生徒が現れてこう言います。


「あらあら、この子ったらうっかりさんね。新しいインクが発売されたからフローラ様に見せたいと走って行ったんですけどフタを開けていたなんて」

「そ、そうでしたのね……」

「まあ、転んだ拍子にどこか打ったのかしら。気を失ってるわ。この子は私が保健室に連れて参ります」


 やたらと説明的なセリフを語った女生徒はメリー様を連れて行きました。

 私はそれを見送り、細く小さなため息をつきました。



 ◆



「シェイド、いるんでしょう?」


 王立学園から王都の公爵邸タウンハウスに帰り自分の部屋に入った私は、いの一番にこう言いました。


「はい、ここに」


 いつの間にか横にひとりの男性が現れます。彼こそが私付きの『影』、シェイドと名乗る者です。


「なんですのあれは。説明なさい!」


 私が強い口調で説明を求めても、彼は全く怯まずしれっと答えます。


「あれ、とは本日の中庭での事でしょうか?」

「それ以外に何かあって?」

「ありますが。ご報告が必要でしょうか」


 私はがっくりと肩を落としました。


「……あるのね。それは後で聞きますわ。まずは中庭での行動を説明して下さいな」

「はい」


 彼は淡々と話します。長い黒髪をメガネの縁ギリギリまで伸ばして顔を隠したシェイドの表情は読めません。


「まず、最初にフローラ様に接触しようとしたピーターという男ですが、最近学園に転入してきた平民です」

「ああ、どうりで面識がないと思ったわ。でも平民で転入できるなんて優秀な方なのね」

「ええ、女性を口説くのがとても優秀な詩人ですね。恐らくフローラ様の足を引っ張るつもりの誰かが寄越した刺客でしょう」

「まあ、それで眠らせたの」

「はい。今別の『影』に、誰に雇われたのか調べさせていますが、おそらくはゲディンボーブド家に対抗している、第二王子派の侯爵家辺りかと」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る