第2話 最低クズ野郎



――――国内某空港、国際線


「もしもし、何だ?予定まではまだ……」


『いいから、お前早く帰ってこい。拠点Bの方だ』

「あ゛?Dじゃねぇの」

『拠点はDだが一旦Bに行け!分かったな!ープツンー』

突如プツンと切れた電話に男がサングラスの下で渋面を作る。


「……何だってんだ、全く」

カラカラとスーツケースを引っ張りながら男は用意された車に乗り込んだ。


※※※


――――すや……すや。私……寝ていた……?


「……い、……おい。起きろ」

「……っ」

ハッとして顔を上げれば、そこにはサングラスの男がいた。普通突然サングラスの男が目の前にいれば何事かとビビる。さらには高級そうな黒のロングコート。相変わらずコイツは何かの組織の一員か!?いや……知らんけど。


「カイ……何で」

「何でって……お前がここに来てるからだろ。何でここにいる」

「行く場所が……なくて」


「家は。両親から受け継いだ家だろ?」

「とられちゃった」


「誰に」

「……元夫の猛。それから、不倫相手の麻亜矢。両親の遺産も、一緒に。それから仕事も失って……私にはもう、何もないのよ」


「……それでここに来たのか」

「ここしか、なくて」


「……なら、移動するぞ。伊吹」

またあの時のように呼ばれることにビクンとする。だが……。

「移動って?」


「そこはもう俺の部屋じゃない」

何の変哲もない古びたアパート。彼はそこに住んでいたはずなのに。


「……それじゃぁ、何でここに……」

来てくれたのだ。


「知り合いがこの近くに住んでんだよ。それで、知らせてきた。お前の顔、覚えてたんだろ」

「私の……」

確かに何度も通っていたから。2年程前まで。2年前のことなのに、覚えていてくれた。むしろ2年も前ならば、彼だって引っ越していたかもしれないのに。私は浅はかだった。


「まさか一晩中そこにいたのか」

「……うん」

上衣は元々着ていたものがあったから。さすがにそこまでは奪われなかった。


「無茶をする。警察にでも保護を求めれば良かっただろ」

「無理よ!麻亜矢がきっと手を回してる!」

「……マアヤ?誰だ」


「……覚えてないの?」

麻亜矢は彼にも接触してきた。私から彼を奪うために。しかし彼は相手にせず、麻亜矢は突然家の都合で海外に留学に行ったのだ。そうして2年、麻亜矢のいない平穏の中で、私は彼と別れ元夫と出会い、順調なお付き合いの末結婚した。だが麻亜矢は帰ってきた。そして瞬く間に私の大切なものを奪っていった。


「……んー……セフレ、キープ、その他……そんな名前のやつは知らん」

「……」

相変わらず。相変わらずだこの男。名前を事細かに覚えていることには感心するが、セフレやらキープやら言い出す時点で最悪だ。最低クズ野郎だ。


「あなたまだ独身なの?」

「そうだが」

むしろこの男と結婚できる女性がいるのかしらね。いるのなら逆に見たいわ。


「彼女、セフレ、キープ……その他今どのくらいいるのよ」

「……いや、それは日本を離れる時に全部手を切った。向こうで買った娼婦も帰国と共に別れたしなぁ」

平然と言いやがるわね相変わらずっ!!


「じゃぁ彼女は!?」

何かもう意地になっている。

「麻亜矢って名前に心当たりは!?あと今いるの!?」


「彼女にも心当たりはないが。俺は……彼女として付き合ったのはお前ひとりだよ」

「……えっ」

私……ひとり?いやいや、何キュンとしてるのよ私!そもそもこの男は私と付き合っておきながらセフレとキープがいたのよ!よく金髪美女と夜の街に消えていくのを見たことがある。それにそれ以外も……とにかく最低複数股男なのよ!!……そんな男に今さら頼らねば生きていけない自分が……情けない。


「まぁともかく……今の拠点に行くか」

「拠点って……」

昔から妙な言い方をするわね。普通に今の家って言えばいいのに。

アパートの前には車が停まっており、彼が助手席に乗るように指示してくる。

彼の言う通り助手席に乗り込みシートベルトを締めればごく普通に発進する。


「……あの、ところであなた……国外とか言ってたけど……どこ行ってたのよ」

謎の多い男だ。私はいまだに彼の詳しい仕事内容を知らない。知っているのは……バカみたいに強くてたまに出張で家を空けること。


「あぁ……ドバイ」

彼の口から出た言葉に吹きそうになった。ど、ドバイって……何をどうしたらドバイに行くことになるわけ!?


ほんと……謎だらけだ。この男。しかし私にはほかに頼る宛てがない。むしろ帰国していたことは幸運か。彼は麻亜矢が唯一私から奪えなかった存在だ。

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