第3話 お腹すいたけどベーカリーショップはありません。
動揺と絶望でしばらく動けなかったけど──
それでも時間が経つにつれて、じわじわと**“ある感覚”**がのしかかってきた。
「……お腹、すいた……」
カマキリにも空腹ってあるんだ。
それが、普通の空腹じゃない。身体の奥から、じわじわと冷えていくような、飢えの感覚。
「パンが……食べたい。バターロール……でもいい……」
そう願っても、この世界にはコンビニもベーカリーもない。
地面をトコトコ進む。
どこかに何か食べられるものがないかと探しながら、心はずっと否定し続けていた。
「いやいや、虫ってさ、他の虫、食べるんでしょ? 無理無理無理!!」
草の陰でモゾモゾ動いている虫たちを見つけては、「見なかったことにしよう」とすぐ目を逸らす。
なんかケバケバしたのとか、黒光りしたのとか、脚が多いやつとか、もう全部無理。
「私は人間だった。私は雑食。植物とか果物とか優しいやつで……」
そのときだった。
地面に、何かが落ちているのが目に入った。
──バナナ。
人間が落としていったらしい。皮がちょっとむけてて、甘い匂いが漂っている。
「うおおおおおお! 神!!!」
カマのくせに小走りでバナナに駆け寄る。
カマでうまく掴めないが、ガジガジと齧りつく。
「うまっっ……! 甘っっ……! 食べ物っっ……!!」
涙が出そうになった。いや、出ないけど気持ち的には号泣してる。
「生きててよかった……神よ……」
だが──その甘い香りに引き寄せられた何者かがいた。
ブブブブブ……
空気が震えるような音。
──ハエだった。
しかもデカい。普通のハエよりずっと大きい。いや、自分が小さいのか?
何にせよ、羽音がもうホラー音。
「ひ、ひぃっ……!」
完全に無理。バナナを一口分くわえたまま、猛ダッシュで逃げる。
カマを振り回しながら逃げる姿は、もはやギャグかホラーか分からない。
――ハエが追いかけてくる。
いや、逃げても逃げても、そのバカでかいハエがずっと追ってくる。
「こ、来ないでぇぇぇぇぇっ!!」
草むらに隠れて、息を殺して待つ。
自分の心臓の音がやけにうるさい。
ようやく追跡者が去ったのを確認して、やっと顔を出す。
「危なかった……」
だが──そのとき。
残ったバナナの前には、大量のハエがたかっていた。
「うわっ……やっぱ無理……」
この世界の虫が怖いのは、ハエの大きさだけじゃない。
その動きが、まるで異次元からきた化け物みたいに、リアルに恐ろしい。
「うわ、うわ、無理! こんなとこで食べるわけないでしょ!!」
その後、私は、とりあえずバナナを諦めた。
食べ物だって分かっていても、虫たちの群れの前では、どうしても手が出せなかった。
そして心の中で何度も呟く。
「虫は無理。無理。絶対に無理!」
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