怨返し
逢初あい
第1話
おばあちゃんが亡くなった。斎場には、私の親類だけでなく顔も名前も知らない人がたくさん居た。火葬中、皆は思い思いにおばあちゃんとの思い出話に花を咲かせている様子だった。母は喪主として色々とやることが多くあるらしく、随分と忙しそうにひっきりなしに動いている。私は会場の隅で、1人長椅子に座っていた。高校生になったばかりの私には、葬式どころか人の死というのもどこか遠くの世界の出来事のようで、実感も何も湧かなかった。私は人並みに感情的だし、悲しい事があれば泣く事だってある。しかし、何故だか涙の一滴も流れないし、悲しいという感情すらも湧いてこない様な感覚だった。無機質な天井を眺めて、ぼーっとしていると葬儀でも見かけた男性が、
すまない。隣、良いかな?
と声をかけてきた。どうぞ、と私が伝えると彼は少し離れて同じ長椅子に腰掛けた。
男性は、おばあちゃんと古くから親交があったらしい。私と同じで、先程から退屈していたと言う。それに、私が孫と言うこともあり祖母としての彼女の事を聞きたいと思ったそうだ。私は彼に話した、私が知っているおばあちゃんのことを。彼は、相槌を打ちながら優しいながらどこか物憂げな表情で、私の話を聞いていた。一通り話し終えた後、
そう言えば、先ほどは随分思い悩んでいた様だが何かあったのかい?
と尋ねた。どうしてそう思うのか聞き返すと、年の功さと笑いながら答えた。私は彼に、さっき自分が感じていたことを話した。すると、彼は少し辛そうな表情をした様な気がした。彼が口を開こうとした瞬間、甲高い声で私を呼ぶ母の声がした。ごめんなさい、と彼に言い母の所へ行った。近くに行くや否や、私の肩をガッと掴んできた。キンキンとした声で幼子を嗜める様な事を私に羅列してきた。その最中、私は彼が会場を後にする姿を見た。彼は、悲壮な顔つきで私に礼をしてそのまま去っていった。私は、その表情を見ておばあちゃんのお見舞いに行った時のことを思い出した。
おばあちゃんは2年前から入院していた。何故そうなったのかは母に聞いても答えてはくれなかったが、私はきっと年相応というものなのだろうと勝手に解釈していた。母はいつも1人でお見舞いに行っていたが、私も行きたいと無理を言って一度だけついていった事がある。おばあちゃんもずっと病室にいては退屈だろうと浅はかにも思ったのだ。病室の扉を開けて私は、先程の自らの浅はかさを激しく呪った。そこにあったのは、大小様々な機会に繋がれ意識も殆どないおばあちゃんらしき”何か”だった。母は、ベッド横の椅子に腰掛け、その自由意思のない肉塊に対して声をかけ続けた。何度も何度も頑張れ、と。そんなことを思い出してか、帰路についても母との間に会話は無かった。夜も更けた嫌に静かな道を、私と母の足音だけが聞こえてくる。その最中、私はポツリと
おばあちゃん…苦しく無かったのかな…
と声が漏れ出していた。母は、足を止めて振り返ると満面の笑みで私を見ていた。およそ葬儀の帰りとは思えないその表情に、私は困惑した。その困惑をよそに母は、
あれだけ頑張ったのよ?苦しんだ分だけ人の罪は赦されるのよ!
と私に言った。女は、先程よりも上機嫌な様子で再び歩き出した。私は、その背中を追いながらある決意をした。
鼻腔を満たす独特な臭気に微睡んだ意識が揺り動かされた。女性は椅子から立ち上がり凝り固まった関節をほぐす様に身体を動かした。関節がパキパキと音を立てる、それを掻き消す様に大小様々な機械が音を立てて稼働している。無機質な部屋の大部分を緩衝材のひかれた荷台が占めている。その上に安置されたものを女性は見下ろしている。女性はそれに顔を近づけ囁いた。
まだまだたくさん苦しもうね?ちゃんと全部赦されるまで
それはびくりと動いたが、女性は嬉しそうな笑顔でくすくすと嗤っている。
怨返し 逢初あい @aiui_Ai
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