4 とんでもなく安い

 えがそー先輩のちょっと不気味な笑顔を見たのち、すーっと目線を動かして、せっせと仕事の動画を編集しているみー先輩を見る。

 みー先輩はこちらに気づいてにやっと笑うと、グッジョブ、とサムズアップを向けた。


「前任者のときはぜんっぜんバズったりしなかったんだよ、『#きょうのダンジョンオフショット』。ながっちの感性で自由にやってちょ。常識の範囲内で」


 そういうものなのか。


「ところでお昼って持ってきてる? きのうはコンビニおにぎり食べてたよね」


「きょうもコンビニで済ますつもりですけど」


「ならさ、ヤバい店知ってるから3人でいこーよ。おいしいよ」


 なにがヤバいのか、なにがおいしいのか分からないまま昼になった。おそらくパンケーキとかエッグベネディクトとかアサイーボウルとかそういうのなんだろうなあ、と思って、スーツの襟元を正して立ち上がる。

 機嫌よく歩いていくみー先輩と、その後ろを妖怪のごとく、長身を猫背にしてヒョコヒョコついていくえがそー先輩を追いかけると、よくまあこの都会のど真ん中で生き延びたもんだ……というほどボロっちい中華料理屋が現れた。もはや街中華を通り越して労働者の食堂といった風情で、看板には「カロリー軒」というちょっと恐ろしげな看板が出ていた。

 出窓の食品サンプルは色褪せ、店舗の前に出ているメニュー表も日焼けしてほとんど判読不能である。店先に置かれた発泡スチロールの箱には鈴のついた首輪をした三毛猫が寝転がってスピスピと眠っている。


「ここのエビそばが絶品なんよ」


「エビそば」


「……塩ラーメンに、気前よくエビがたくさん泳いで780円……」


 とんでもなく安いではないか。

 俺が子供のころ日本はひどい不景気で、食べ物がどんどん値上がりしていたという。そのころに比べれば物価が安くなったとはいえ、気前よくエビがたくさん泳いだラーメンが780円というのは原価は大丈夫か心配してしまう。

 コンビニで済ますともうちょっと安上がりだが、きっとコンビニ飯にはかなわない満足感があるのだろう。入ってみる。


「へいらっしゃい」


 歳のいった大将と女将がせっせと働いており、店内はライヴダンジョン社の社員と思しき人やダンジョン配信者と思しき人たちが無心でラーメンやニラレバやギョウザをつついている。フム。


「エビそば3つ!」


「あいよっ」


 みー先輩が速攻で注文し、何分も経たないうちにでんでん! とエビそばが出てきた。こりゃまたずいぶんおいしそうだ。もう見た目からうまそうだ。薄い色のスープにシャキシャキしていそうな緑のニラと、淡いピンクのエビがたっぷり乗っている。麺もほどよい太さ。


「いただきます」


 3人、感謝してズルズルすする。う、うまい。予想通りのおいしさだ。叔父さんの作る料理とは全くベクトルの違う美味である。


「みーさん! そのひとがながっちさんです?」


 若い派手髪の女の子が声をかけてきた。歳は妹より少し上くらいだろうか。派手髪に対して、着ているものはモノトーンかつスポーティーである。


「あーノギちゃんおひさしー。そう、これが新しい公式さん。たぶんめちゃめちゃいいやつ」


 ノギちゃん。

 どこかで聞いた覚えがあるな。ああ、日曜日に妹がよく見ているえねっちけーの「ダンジョンフォーカス」に出演している配信者だ。


「ども。はじめまして、長澤です」


「はじめましてー。ノギと言います! きょうはオフショットに選んでくださって嬉しかったです!」


 きょうのオフショット、この人だっけ?

 よく分からないでいると、えがそー先輩が「……ダンジョンではマスクつけてるから……」と小声で言ってきた。ああ、あのカラスマスクをつければあの配信者だ。やっと頭の中で点と線が繋がった。


「すみません、すぐ気づかないで……」


「だいじょぶですよ。ながっちさん、あんまりダンジョン配信詳しくなさそうだって話聞いてますし」


 それは誰から聞いたのだろう。みー先輩とはお久しぶりということは、えがそー先輩が漏らしたということだろうか。エビそばをすすりつつえがそー先輩をちらと見る。


「……すまん。新体制になったって……報告したくて……」


「いや、ダンジョン詳しくないのは確かなので……別にえがそー先輩悪くないっす」


「前の公式さん、ちょっとモラルに欠けるところがあったので、素直に楽しく盛り上げよう! っていうながっちさんになって期待してます」


 まあ自分のアカウントにヘイトを書き込んでいた前任者である、配信者へのハラスメントも少なからずあったのだろう。


 エビそばでお腹がパンパンになり(麺の底から分厚い三枚肉のチャーシューが出てくるサプライズつきだった)、代金を支払って「カロリー軒」を出る。

 そうか、俺の仕事は配信者のみなさんにも期待されているのか。ノギさんの顔と名前をしっかり覚え、いただいた電子名刺、通称カードを確認する。配信者はだれでも、ダンジョンで知り合ったひととコラボ配信するときなどのために連絡先としてカードを交換するらしい。銃後の俺たちもそのシステムを使っている。


 社屋に帰ってきた。パソコンを起動する。オフショットのやつが激しくバズっていた。

 フォローしたもろもろの公式を見て、リポストするべきポストをリポストする。その基準は流石に俺でもなんとなく分かるものだ。ついでにきのうフォローしそびれたダンジョン関係各種公式をフォローしていく。


 よし。なにかポストしよう。そう決意し、「みなさんこんにちは、お昼ご飯はなにを食べましたか? 自分はオフィス近くの中華料理屋でエビそばを食べました!」とポストしてみた。


 ……一瞬でバズった。怖い。すごい勢いで引用リポストとリプライが増える。たいてい飯テロ画像か、ダンジョン内で食べる携行食の画像だ。


『ながっちさん一人称が自分なんかw』


『ぜったいカロリー軒のエビそばだ!!』


 お、おう……。(つづく)

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