その7 歓迎される異世界人
王立大図書館を案内される裕貴であったが、図書館とは名前通り本を保管、閲覧する施設であって、歩いて内装を見て周る場所ではない。
「あの、本を見せて貰ってもいいですか?」
「ええ、もちろんです。そうですねぇ、裕貴様はこちらの文字はお分かりになりませんよね?」
「はい。分からないと思います。」
そもそも話す言葉が通じているのさえ不思議なのだ。書いてある文字など分かるはずがない。馬車からチラリと見えた看板に書いてある文字もさっぱり読めなかったし、狭い知識とは言え、裕貴が元の世界で見たどんな言語の文字とも似ているような違っているような気がする。
「それでしたら図説のほうがよろしいでしょう。」
「あ、それでしたら、グラスプ大森林の生き物って分かります?」
「ええ。あの森林は動植物が豊富ですから様々な専門家が長期的に調査を行っておりまして、各種専門書が御座います。所蔵場所へご案内致します。」
セレンに案内されて図書館の中を移動する。階段を上がって2階の中程にある本棚だった。その間も壁際は全て本棚で埋め尽くされており、反対側も何列にも渡って本棚が配置され、すべて本で埋め尽くされていた。
「グラスプ大森林に関する書物はこの辺りですね。動物の図説ですと……、分かりやすいのはこれでしょう。『グラスプ大森林図説概要・動物編』6巻までありますが、まずは1巻でよろしいでしょうか。」
「おまかせします。」
立派な革の想定の大きな本だ。近くの書見台に置いてもらう。
「うん。やっぱり文字は読めませんけど、図が大きいので分かりやすいですね。」
「はい。実際の動物を忠実に再現した挿絵で専門の研究者からも評価の高い本です。何人もの専門家と専属絵師が何年もかかって詳細の間違いや差異を検証した末に作られた専門書で、中には実際にグラスプ大森林へ何年も調査に入って実物をスケッチした絵師も居たそうです。」
「それはすごいですね。」
裕貴は本の内容にも感心したが、専門家がそういった活動が出来る体制が整っていることにも驚く。
ここまで来る途中、馬車から見えた街並みも清潔で治安が良さそうに見えたし、紙の本がこれだけ所蔵されていることや、この広い図書館内を全て照らせるほどの照明、おそらく魔法の物、が設置されているというのが、国が安定していることや豊かさを象徴しているようだった。
書見台に置いてページをめくると、裕貴の世界の本とまではいかないものの、挿絵には色まで付いている。いくつかの動物は森の中で見かけたもので、裕貴の記憶にあるのに近い色合いを再現していた。
「すごいです。本物に近い色まで再現してるなんて。」
「おお。裕貴様は本物をご覧になられたことがあるのですか?」
「はい。ここに来る前は大森林の中で魔女さんにいろいろ教わっていたので。」
「なんと。それではこの世界に来て最初に居た場所がグラスプ大森林の中だったのですか?」
「そうです。ミューと魔女さんが居なかったら死んでたかもしれませんね。」
驚くセレンに苦笑する裕貴。ここでこんな話を出来るのもミューとアーシィのおかげだと思うと改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
「あ、この狼。最初に会ったやつだ。」
初めてこの世界に来た時襲われそうになった狼だ。あの時は観察している余裕などなかったが、牙が長く、ブチ模様の茶と黒の毛皮、先の丸い耳等細かに描かれている。
「それはグラスプオオキバオオカミですね。大森林中部に多く生息している狼で、縄張り意識が強く、縄張りに入って来た物は集団で襲い追い出す習性があるそうです。よく無事でしたね。」
「ミューのおかげなんです。不思議な力で狼たちが逃げていったので事なきを得ました。」
「ミュー。」
頭を撫でてやると嬉しそうに鳴くミュー。
「ミュー様は聖獣様なのですか?」
セレンの疑問には裕貴も答えられない。
「分かりません。気づいたら一緒に居て、ずっと傍についていてくれるんです。」
「裕貴様の世界の動物ではないのですか?」
「いえ、僕の世界にもミューみたいな生き物は居なかったと思います。知っているどんな動物にも当てはまらないので。聖獣というのは?」
裕貴の疑問にはアクリア姫が答える。
「聖獣様は天界に居ると言う生き物です。誰も見たことのない神々しい生き物が現れて人々を救ったという伝承や記録は少ないながら残されているのです。神殿では聖なる力を感じることが出来たという伝承があり、それゆえ神の使いか神々の住まう天界の生き物だろうとして『聖獣』と呼ばれるようになったそうです。」
「聖獣……。ミューが?」
「ミュ?」
確信は持てないがそう言われれば何もかも謎のミューが聖獣と呼ばれてもしっくりくるような気もする。
「ミューには不思議な力があるみたいですし、森林に居た魔女さんも強い魔力を感じると言っていたので案外そうかもしれませんね。僕に文字が読めれば少し調べてみたい気もしますけれど。」
「ミュウ。」
苦笑して裕貴がそう言うと、ミューの角が淡く光を放つ。
「うわっ、ミュー?」
「まぁ。」
「おお。なんと神々しい光。」
驚く人間3人など意に介さず、光ったことも気にせずに突っ立っているミュー。
「な、なんだったんだろう今の。……あれ?嘘でしょ?」
「どうかなさいましたか、裕貴様?」
驚く裕貴にアクリア姫が聞く。
「文字が読める……。」
「まぁ。素晴らしいですわ。これも聖獣様のお力なのかしら。」
「なんという。このように一瞬で文字を読めるようになるとはすさまじい。」
今まで意味の分からない記号の羅列に見えていた本の文字が、突然意味をもって頭に入ってくる。もちろん日本語ではないのに、意味を理解できてしまうのだ。
「すごい……。ミューって本当に神様の使いなの?」
「ミュ?ミュー。」
相変わらず何を言っているか分からないが楽しそうに鳴くミュー。
「とにかく文字が読めるようになったのは嬉しいよ。ありがとうね。」
「ミュウ。」
ミューの頭を撫でてやる裕貴。そんな一人と1匹を、アクリア姫とセレンは微笑ましく見守っていた。
§
せっかく文字が読めるようになったので、いろいろな本を読みたいのは山々であったが、自分の為に頑張ってくれている職員たちを後目に読書することは裕貴には出来なかった。
読めるのならば手伝えるのではないかとも思ったが、スピーディな流れ作業の如く本を集めては内容を改めていくプロの仕事の前に、裕貴が手伝えることなどまったくなかった。
それから次に魔導研究所へ連れて行ってもらうことにした。
図書館の状況を鑑みるに裕貴が行っても邪魔にしかならないのは重々承知なのだが、それでも一言挨拶やお願いだけはしておきたいと思ったのだ。
王宮から来た時と同じ馬車に乗り、然程時間もかからず魔導研究所へと到着する。
大図書館に負けず劣らず大きな建物で、裕貴は圧倒される。
「こんな大きなところなんですね。」
「ええ。この国で使われている魔道具のほとんどを開発した所です。この研究所も周辺諸国でもっとも古くからあり、現在でもトップクラスの技術力を誇っております。我が国は周囲を険阻な山脈に囲まれており、他国から侵略されづらい立地であった事と、その山脈から産出される魔石を使った魔道具の製造で成り立っているのです。裕貴様がいらっしゃったグラスプ大森林も、その北方はファイタム山地という大きな山脈になっておりまして、そこには古代竜たちが住んでいるそうですわ。」
「へぇ。竜が居るんですね。」
竜と聞いて思わずワクワクしてしまう裕貴。ファンタジーといえばドラゴンという思いもあったので、この世界にも居ると知ってなんだか嬉しくなってしまったのだ。
「ふふ、裕貴様は竜にも興味がお有りなのですね。古代竜は他の野生動物のような竜たちとは違い、人と同等以上の高い知能をもっているそうです。あの異世界の勇者様を背に乗せて飛んでいたと伝承にもありますのよ。時おり好奇心で人を見に来る古代竜が出るという報告もあるそうですが、残念ながら
「そうですか。もし会えるなら会ってみたいなぁ。」
思いがけず竜の話になってしまったが、気を取り直して研究所へ入る裕貴たち。
「お待ちしておりました。アクリア姫様、裕貴様、ミュー様。私は王立魔導研究所の所長を勤めておりますセイジと申します。」
研究所に入ると、思いがけず大きな洋館のようなエントランスに、痩身の中年男性が立っていた。シンプルながら質の良さそうな服に短く切りそろえられた髪と、身なりは良いが表情は少し気難しそうに見える。
「手を貸して下さり感謝します。」
「初めまして。よろしくお願いします。」
「ミュー。」
「所長自らお迎え下さるなんて、そんなに裕貴様にお会いするのが楽しみでらしたのかしら?」
「ええ、それはもちろん。私の生きているうちに異世界からの来訪者に会う機会が得られるとはなんという僥倖でしょう。」
口の端を釣りあげそう言うセイジは多少不気味ではあったが、声は本当に喜んでいるようだった。
「きょ、恐縮です。それであの、僕が帰る方法を研究して下さっているんですよね?」
「もちろんです。とはいえ、長距離移動の魔法は長年研究しておりますが、未だ実現には至っておりません。その移動先が異世界ともなればその開発は極めて困難となるでしょう。」
「やっぱりそうですよね。大変なことを頼んでしまって申し訳ありません。」
裕貴が少ししょんぼりしつつ謝る。しかしセイジは不気味に笑っている。
「気に病む必要はありません!この困難な研究を他の研究を止めてでも最優先で開発せよとはむしろ僥倖!移動系魔法はその難易度ゆえ研究としては後回にされ続けてきたのも開発の遅れの原因なのです。それを最優先で研究して良いなど、むしろ私が感謝しております!」
「ふふ、困難な研究をすることに感謝をするなんて、頼もしい限りですわ。」
セイジの張り切りぶりにアクリア姫は楽しそうに笑う。裕貴はセイジの雰囲気にすこし引き気味だが、やる気を持って自分の帰還する方法を研究してくれるというのは素直にありがたかった。
「それでは研究の流れについて説明を致しましょう。ご案内しますのでどうぞこちらへ。」
先導するセイジに付いて研究所の中を周る。
エントランスからは左右にいくつも扉が並んでおり、正面には階段がある。まずは2階へ上がり、左の廊下へ。そこはぐるりと回廊になっており、いくつもの扉が並んでいた。
各扉は魔道具や魔法の設計及び仕様や開発内容を決める研究室となっており、資料を用いての検討や設計、会議などを主に行っているそうだ。本来は案件ごとにいくつかのチームを組んで研究をしているそうだが、今は全てのチームが過去の関連資料をかき集めて異世界への移動方法を研究しているらしい。
最初はチームごとに世界を移動する方法を検討し、その後合同で各チームの開発方針から有用なものを選んだり、組み合わせて開発するものを決めるそうだ。
2階にある各種部屋は、小さい物は各研究チームごとの研究室で、大部屋は大会議室と資料室になっている。研究所の資料は写しが大図書館にも保管してあるそうだが、使用頻度の高い物は研究所の資料室にあるとのこと。ただ古い研究所だけあって資料の数も膨大であり、古い物は図書館の保管庫行きになっているのだとか。今回保管庫行きになっている一部の資料も使いたいとのことで、そちらから大急ぎで資料を移送してもらっているらしい。
2階の説明が終わると今度は1階へ。建物の構造について裕貴はこの世界の研究所はこういうものなのかと思ったのだが、セイジによると元々は研究所を任されることになった貴族の屋敷だったらしい。何度か改修はされたようだが、結局使いやすいとのことでそのままの構造なのだそうだ。
1階も2階と同じく各種小部屋と大部屋があり、大部屋の1つは食堂で、残りは実際に魔法や魔道具を作る開発室なのだそう。
この建物は地下室と広い裏庭もあり、作られた魔道具や魔法の実験はそちらで行うのだそうだ。
一通り案内が終わり、1階にある小部屋の1つ、応接室へ通される。
「まだ開発の見通しは立っておりませんので明確に期間は申し上げられませんが、異世界へ移動してみたいという試みは何度もされて来ておりますので開発自体は可能です。」
「で、出来るんですか?」
断言したセイジに思わず聞き返す裕貴。
「ええ、可能です。そもそもこの世界は天界、地上界、魔界の3つの世界で構成されており、天界は神々の力の影響か行き来が困難なようですが、魔界へは行こうと思えば行けるのですよ。ただ、伝承にある異世界の勇者が招かれた原因が地上界と魔界が繋がって争いになったことだとする資料もあるため、魔界へ移動する魔道具及び魔法は制作が中止されております。ただ、作られていないだけで設計はすでに完了しておりまして、それを応用しこの世界よりさらに離れた世界へと繋げる方法を探れば良いだけなのです。もっとも、移動用魔法で完成まで漕ぎつけているのがその魔界への移動魔法のみというのも皮肉な話なのですがね。」
「そ、そうなんですね。」
力説しすぎて近づいてくるセイジに裕貴が身体を仰け反らせる。
「失礼しました。裕貴様の世界へ繋げるにはその場所と繋がりのある物が必要になるのですが、なにせその世界からいらした裕貴様ご本人がいらっしゃいますからね。生まれた世界との繋がりは例え他の世界に行ってもそう簡単には途切れないと研究結果も出ておりますので、開発の目途が立ちましたらその際はご協力いただければと思います。」
「はい。ぜひ、よろしくお願いします。」
「まぁ、素晴らしいですわ。本当に良かったですわね裕貴様。」
「はい!ありがとうございます。」
まだ形にすらなって居ないとはいえ、一応は帰還の可能性は示された。それがほんとうに嬉しくて、裕貴の目には涙が滲む。
帰れる目途が付いたということで裕貴はあることを思い出す。
「そうでした。その、こちらに来てから本当に親切にしていただいてばかりで、僕もなにかお返しがしたいと思っているのです。特別な技術とか知識もないし、運動もそれほど得意ではないので労働力としてもあまり期待できないかもしれませんが、もし力になれることがあったら協力させて下さい。」
裕貴のその言葉を受けてセイジの目が光る。
「それは願ってもない!実は裕貴様の世界における道具や技術について知っている限りを教えていただきたいと思っていたのです。この世界にはない異世界の技術や発想はこれからの魔道具や魔法の開発に大いに役立つでしょう!」
思わず立ち上がって声を上げるセイジ。悪い人ではないのだろうが、自分の好きな事になると抑えが効かなくなるのだろう。裕貴も姉の美琴という似たような人物が身近に居るため、セイジの行動もなんとなく理解できた。
「その、専門的なことはわかりませんけど、それでもよろしければ。」
「ええ!構いませんとも!裕貴様が普段使われていたものや裕貴様の世界では当たり前に利用されていたもの、一般的な知識で構わないのです!異世界の暮らしそのものが私たちにとっては未知の宝物なのですから!」
「そうですわね。裕貴様の世界のお話は大変興味深かったですわ。よろしければ私も同席してお話を伺いたいものです。」
「もちろん、僕の分かることで良ければいくらでも話ますよ。」
「ありがたい!是非ともお願いします。」
セイジが「お待ちしておりました」と言っていたのはこれが目的だったのだろう。裕貴もこういった分かりやすい目的があった方が、歓迎されている理由が理解しやすくて居心地が良かった。
「そういえば、一つ伺っても良いですか?」
「ええ、私に分かることでしたらなんなりと。」
裕貴の質問に、セイジは座ってから答える。なんとか落ち着いてくれたらしい。
「その、魔道具の開発っていうのは、何となく魔法を使った道具なのかなと思うので分からなくはないのですけれど、魔法の開発っていうのはどういうことなんでしょう?」
裕貴が知っている魔法は魔女であるアーシィが日常的に使っていたものや精霊魔法だ。技術的に開発するものと言われるとなんとなく噛み合わない。
そういえばアーシィの魔法を初めて見た時「魔女以外はあまり使わない」と言っていたのを思い出す。つまり裕貴の知っている魔法と、この世界の一般的な魔法は違うということなのだろう。
「なるほど。裕貴様は魔法についてどの程度理解されておりますか?」
「ええと、僕はこの世界に来た時、グラスプ大森林に住んでる魔女さんに助けてもらったんです。だから魔女さんの使う魔法と、教えてもらった精霊魔法の知識は少しだけあります。」
「なんと!精霊魔法が使えるのですか!?」
裕貴の言葉にまたセイジが興奮して立ち上がる。
「あ、はい。ある程度ですけれど簡単な精霊魔法なら。」
「それは素晴らしい!精霊魔法はまったく研究が進んでいない分野でして、魔女たちが感覚的に使っている魔法と同じく実体が掴めていないのです!ぜひそのお話も伺いたい!」
「分かりました。その、後でお話ししますね。」
「ええ、またお時間を取ってじっくりお願いしたい!……失礼、また興奮してしまいました。それでは私たちが使っている魔法についてお教えしましょう。」
セイジは息を吐いて座りなおす。裕貴もセイジの態度にはだんだんと慣れつつあった。
「私たちの使っている魔法は様々な方法によって制御されています。その制御技術を『魔術』と呼び、その及ぼされる効果を『魔法』と呼んでいます。先ほどは魔法と魔道具の開発と言いましたが、正確には『魔術』と魔道具の開発と言った方よいでしょう。ただ、新たに生み出された魔術によって得られる魔法効果も魔道具に応用されるため、もたらされる効果を指して『魔法の開発』と言っているのです。」
「そうなんですね。それじゃあ魔女さんが感覚で使っている魔法や精霊魔法も……。」
「ええ。その魔法効果そのものではなく、『魔法効果が得られる過程』が不明なのです。我々が魔術と呼んでいる制御技術とは別な方法で魔法効果を得ているものですからね。」
セイジが頷いたことで裕貴は彼の言っていることが腑に落ちる。
「ちなみに、魔術ってどんなものがあるんでしょうか?」
「そうですね。魔力はその流れを制御することで様々な効果をもたらします。魔力そのものは人にも自然にもあるエネルギーですがそれを使って得られる効果は千差万別です。遥か昔、今では名前も分からなくなってしまいましたが、古代に魔力の流れを制御することで得られる魔法の効果が変わることを発見した者がいたのでしょう。その技術を用いて魔法を行使する者たちが『魔術師』と呼ばれるようになりました。まぁ、細かい歴史は置いておきまして、その流れの制御には様々な方法があります。1つは『詠唱』。魔力を言葉を用いて制御するもので、言葉と魔力を結びつける技術こそ必要ですが、同じ詠唱を用いれば同様の効果が得られます。ただ使用する者の魔力量や制御技術に影響を受けやすいのが利点でもあり難点でもあります。」
裕貴は目を輝かせて頷く。物語に出て来た詠唱に憧れてて、覚えて唱えてみたこともあるのだ。
「次に『魔法陣』これは魔力の流れやすい特殊なインク等を用いて図形で魔力を制御する方法です。これは魔法陣さえ正しく書けていれば誰が使っても同じ効果が得られます。魔法陣さえ書いてあれば、魔術の制御方法を知らないものでも、魔力を流すだけで使えるのが利点ですね。当然専用のインクで図形を描かないといけない上、正確に図形を記す必要があるのが難点です。魔法陣を使う魔術師の中には地面を棒で引っ搔いて記した魔法陣で魔法を使う者もおりますが、あれは図形に正確に魔力を流す技術が必要になるので普通は出来ません。」
魔法陣も簡単なものを真似してノートに落書きしたことがある。裕貴の聞きたかった魔法の話で、セイジほどのリアクションはしていないものの、内心大興奮していた。
「最後に、この方法はあまり用いられませんが、『音楽』を使うものです。旋律に魔法の制御を使い、魔力を乗せた演奏をすることで効果を発揮します。劇的な効果をもたらすものは少ないですが、音が聞こえる範囲全てに効果を及ぼすこともあり、演奏中ずっと効果が持続するので、範囲と効果について大きなアドバンテージがあります。もちろん演奏を制御に使う都合上、ミスせず演奏する技術も求められるので、難点も多い方法ですね。あとはまぁ魔力そのものを制御するのに長けた魔術師の中には、何も用いずに魔力を制御し魔法を行使する者もいます。一見なにもせずにいきなり魔法を使っているように見える達人はこの方式を用いていますね。ただ魔女はそう言った魔力そのものを制御して魔法効果を得るのとは違った方法を用いているようなのです。その点が魔術師と魔女の決定的な違いでしょうか。」
ここまで聞いて裕貴はアーシィの言っていたことが理解できた。彼女が「魔力を手足のように」と言っていたのはセイジのように感覚的に魔法を使っているという説明に合致する。ようは自分の身体の一部として魔力を使っているということなのだろう。
それはおそらく学問として魔術を学び、制御方法を考えるセイジたちには理解しがたいもののはずだ。まして精霊にお願いを聞いてもらう精霊魔法など魔術からすれば意味不明なものだろう。
「ありがとうございます。完全にではないですけれど、なんとなくイメージが掴めました。確かに魔女さんや精霊にお願いする魔法とは全然違いますね。」
「おお、それはなにより。裕貴様は魔術師の才能がありそうですな。どうです、もし帰還方法の開発に時間がかかりそうでしたら、その間魔術を勉強されては?我が国最大の学校では魔術学を教える過程もありますし。」
「えっと、せっかくですし僕は魔力が余りないみたいなので……。」
「ああ、問題ありませんよ。魔法陣や魔道具は魔石を使って魔力を流すものもありますから、自身に魔力の才能がなくとも魔術師にはなれるのです。むしろ魔力の才能より学問の才能の方が魔術師には重要ですからね。」
「そうですか。その、もし時間があるようでしたら検討します。」
「あまり裕貴様に無理を言ってはいけませんよ。もちろん裕貴様が学びたいとおっしゃるのであればそのように手配致しますからおっしゃってくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
アクリア姫の言葉に頷く裕貴。
本当は魔術について本格的に学んでみたいという気持ちはあるのだが、なによりも今は帰還することが優先だった。自分が突然居なくなったあとの家族や友人、特に姉や舞の事を考えると一刻も早く帰らなければと思ってしまう。
何なら今頃、自分を探すために無茶苦茶なことをしていないとも限らない。姉の天才的頭脳と舞のとてつもない財力が合わさったら何をしでかすか想像もつかなかった。
「それでは本日のお話はこの辺りにしておきましょうか。昼食も取っておりませんので、裕貴様もお腹が空いてしまわれたのではありませんか?」
「あ、そうですね。お話しが面白くて忘れてしまっていました。」
「ふふ、そうですか。それでは王宮へ帰る前に昼食を取っていきましょう。セイジ所長。後のことは頼みましたよ。」
「は。しかとお任せください。」
アクリア姫の言葉に深く礼をするセイジ。こういったところはやはり姫と臣下なのだと再認識する。
それから裕貴はセイジによく礼を言い、アクリア姫に付いて王立魔導研究所を出る。その表情はこの世界に来てから一番晴れやかなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます