その6 召喚された少年

 眩い輝きに包まれた裕貴が、光が治まって目を開くと、そこは白い荘厳な石造りの建物の中だった。四方の天井付近は大きく開かれており空が見え、日の光が差し込んでいる。


 彫刻の見事な石壁に、今立っている周囲は4本の円柱が囲んでいて、足下は円形の中に複雑な文様が刻まれていた。


「ああ!夢のお告げ通り、伝説の勇者様が現れました!」

「えぇっ!?ち、違います。僕は勇者じゃありません。」


 パステルブルーと白の見事な装飾のされたドレスに銀のティアラを付けた、プラチナブロンドの髪の美しい少女が手を合わせ、瞳をキラキラさせて立っている。周囲には彼女に従う神官らしき白いローブの老爺に鎧姿の兵士らしき人物が何名か整列している。

 自分と同い年くらいに見える少女の希望に満ちた言葉を、裕貴はすぐに全力で否定した。


「勇者様ではありませんの?ですが、異世界からいらしたのですよね?」

「えっ?まぁはい。異世界から来たのはそうですけど……。」

「ミュ?」


 少女の言葉に困惑する裕貴に、ミューも首を傾げる。


「やはりそうでしたのね。申し遅れました。私はこのサマーリア王国の王女、アクリア・マリーン・サマーリアと申します。勇者様のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」

「は、はい。勇者ではないですけど。僕は裕貴、天利裕貴あまりゆうきといいます。こっちはミュー。」

「ミュー。」

「まぁ、裕貴様とミュー様とおっしゃるのね。素敵なお名前ですわ。こちらへ召喚されたばかりで混乱なさっておられるでしょう。お話ししたいこともお聞きしたいこともございますので、どうぞこちらへ。大神官様、ご助力感謝致しますわ。」

「もったいないお言葉。全ては神々のお導きのままにございます。」


 アクリアと名乗った少女は、老爺に労いの言葉をかけると、2人を促して歩き出した。


§


 アクリア姫は王宮の一室にお茶の用意をさせ、裕貴とミューを座らせ3人でテーブルに付いた。


 白を基調に装飾が施された広い部屋。大きく開かれた窓からの光だけでなく、魔法の光なのか部屋に照明があって非常に明るい。

 お茶とお菓子が置かれた大きなテーブルや座っているフカフカの座面の椅子、カップに焼き菓子が乗ったスタンドも装飾の施された立派な物で、裕貴には非常に居心地が悪かった。


「お召し物は後程用意させますのでお待ちくださいね。」

「あ、はい。お構いなく。」


 嬉しそうに言うアクリア姫に、裕貴はただ身を縮こませるしかなかった。


「それではまずわたくしの方からお話しさせていただきます。裕貴様のお姿は一週間ほど前、夢の中ではっきりと見ましたの。森の中にミュー様と一緒に森の中に佇む姿は見たことも無いお召し物をされていました。」

「たぶん、僕がこの世界に初めて来た時だと思います。その服はこの袋の中に入っていて、今の服は森で助けてくれた魔女さんにいただいたものなんです。」

「まぁ、そうでしたのね。そのお召し物は後綺麗にさせますのでご安心下さいな。」

「は、はい。ありがとうございます。」


 嬉しそうなアクリア姫を前に、緊張で喉が渇いて出されたカップのお茶を飲む。色は紅茶のようだが香りは少し違う。飲むと香ばしい香りに微かな苦みと強い甘みを感じた。おそらく砂糖のような甘味が入っているのだろう。


「それで、あの。アクリア様はなにか特別なお力をお持ちなのでしょうか?」

「ふふ、呼び捨てで構いませんのよ。我がサマーリア王国の王族は、その昔世界の危機のおり異世界からの勇者様を助けるため尽力し、神々から加護を賜ったとされています。しかし、今のわたくしたちに特別な力はありませんの。ですから、1週間前、あまりにはっきりとした夢をみたわたくしは神々の掲示に違いないと考えて、大神官様に相談させていただいたのですわ。大神官様は神々の力が高まる今日、神殿で祈りを捧げるべきと仰られ、その結果こうして裕貴様が現れたというわけですわ。」


 アクリア姫は祈るように手を組み、希望に満ちたまなざしで天をあおいだ。


「あの……、勇者様ってことはその、今も世界の危機が?」

「いいえ。世界は平和そのものですわ。魔界と繋がることもありませんし、他国との関係も至って良好ですし、恐ろしい魔物が現れたということもありません。」

「え?それじゃあどうして僕を勇者と仰るんですか?」


 満面の笑みのアクリア姫に、困惑した裕貴が聞く。


「異世界から現れた勇者は我が国の歴史に刻まれた恩人ですわ。同じように異世界から現れた裕貴様はまさに勇者様そのものではありませんの。勇者様に世界を救っていただいた恩は今でも忘れられたことはありません。ですから異世界から来られた裕貴様が何かお困りでしたら、それを解決するために尽力するのがわたくしたち王族の使命と考えておりますの。」

「は、はあ。それはありがとうございます。」


 ふと脳裏に「あんまり親切なやつは逆に胡散臭いからな。気をつけろよ。」と勇が言っていたのが過ったが、目の前でニコニコしている姫の真意はさっぱり測りかねた。

 ただ異世界から来た人が世界の危機を救ったという話はアーシィもしていたので完全に嘘を言っているようにも思えなかった。もっとも「人をだます時は真実に僅かな嘘を混ぜる」と何かの本で読んだ覚えがあるので不安は拭えなかったが。


「それで、裕貴様はどうしてこちらの世界へ?」

「あ、はい。それはですね――。」


 求められるまま、自分が日常生活を送っていたら、突然降って来た流れ星に当たってこの世界へ来てしまった事、森で会った魔女のアーシィに助けられこの国の王都を目指して旅立つ所だった事を説明した。


「それは本当に大変で、さぞお辛かったことでしょう。突然家族や友人と引き離されるなんてわたくしにはとても耐えられませんわ。それにその魔女様も心配なされていらっしゃるでしょうね。」

「はい。たしかグラスプ大森林の中と言ってました。この国の近くだと思うんですけれど。」


 そう言うとアクリア姫は少し思案顔。


「たしかにグラスプ大森林は我が国の北方に広がる広大な森です。森の端は木の伐採や各種森の資源を採集する場所として活用されていますが、あまりに広大且つ野生の生物も多く、奥地には魔物が出現することもあって、森の奥へ立ち入りは制限されておりますの。グラスプ大森林の中という情報だけで、その魔女様をお探しするのは大変困難でしょう。」

「そうですか。アーシィが探しに来てくれることを待つ方が現実的ですね。」

「仰る通りですわ。北方の街や村の兵に、その魔女様らしき方が現れたら裕貴様は王宮にいらっしゃると伝えるよう通達しておきましょう。少なくともすれ違いや無駄に探し回らなくて良くなるはずですわ。」

「はい。よろしくお願いします。」


 裕貴は座ったまま頭を下げた。


「それでは裕貴様が元の世界へ戻れる方法をお探ししなければなりませんね。まずは身支度を整えさせますので、その後お父様に相談致しましょう。」

「はい。お父様って……王様ですよね?」

「ええ。我がサマーリン王国の国王。ウェイブ・マリーン・サマーリア13世ですわ。」


 裕貴は、王様に会わなければならないという事実に眩暈を覚えたのだった。


§


 荘厳にして広々とした謁見の間。


 玉座には立派に整えられた銀のヒゲをたくわえ、黄金の冠を頂いた丸くて小柄なおじさんがニコニコと柔和な笑みを称えて座っている。玉座は王様の座っている両隣にもあり、片方には長身で美しい黄金の髪を称えた荘厳なドレスに王冠を頂いた女性が座っており、もう片方は空席。本来そこへ座るはずの姫君は今、裕貴の隣に立って控えている。


 裕貴は風呂に入れられて立派な身なりに着替えさせられている。ミューも一緒に風呂に入れられて毛を洗われ、ツヤツヤふかふかになっていた。大勢の侍女に囲まれて身支度されるのは死ぬほど恥ずかしかったが、あっという間に有無を言わさず行われたため抵抗することすら出来なかったのだ。


「異世界から参ったという少年よ。そなたへ我が国の礼を問うのは酷とは承知しておるが体裁というものもある故、許しておくれ。」

「め、滅相もありません。お目通り出来て光栄に存じます。」


 王様から最初に謝罪され、逆に恐縮して頭を下げる裕貴。確かに異世界から来た裕貴にこの世界の事情などまったく関係がないのだが、自分の居る国の王様を前にして、小市民の裕貴に緊張するなというほうが無理であった。

 謁見の間は左右に鎧姿の兵が等間隔にならんで控えており、その威圧感のせいもあったが。


「さて、形式や礼は抜きにして話をさせてもらおう。裕貴殿の身の上は姫の話から聞いておる。突然に異世界より召喚され、身一つでこの世界にやってきてしまったとのこと。大層難儀であったな。姫から聞いておると思うが、我が国は遥か昔に異世界の勇者より多大な恩を受けておる。よって同じく異世界より来た者への助力は惜しまぬことにしておるのだ。とはいえ、異世界からの訪問者など、記録にある限り勇者様についでお主は2人目。何が必要かは分からぬ故、不自由があればなんなりと申しつけるが良い。」

「は、はい。もったいないお言葉。恐縮に御座います。」


 裕貴はもうどうしたらいいかわからなくなって目がぐるぐるとしてしまう。

 酷い扱いを受けなくて良かったと思う反面、こう全面的に親切にされてしまうのもそれはそれで居心地が悪い。開き直って贅沢三昧させてもらうような神経は裕貴は持ち合わせていなかった。


「お父様。裕貴様は元の世界へ帰還したいと願われております。残念ながら伝説の勇者様が元の世界へ帰られたという伝承は語られておりませんが、我が国に蓄えられた知識と魔道研究所の力を総動員すれば必ず可能と信じております。」


 力強く言うアクリア姫に、王様も頷く。


「うむ。王の名において、裕貴殿の帰還方法を探すことを最優先にせよと、王立大図書館と魔道研究所へ通達せよ。その間、裕貴殿は王宮で不自由なく過ごして頂くようにな。」

「承りましてございます。」


 少し離れた位置に立って控えていた側近らしき壮年の男性が深く一礼する。


「さて、このような形での話では疲れたであろう。部屋へ案内させる故、細かな話はそちらで申しつけるがよい。それでは下がってよいぞ。裕貴殿が一日も早く家族や友人と再会できることを願っておる。」


 王様の言葉に王妃様も頷く。


「私も同じことを願っておりますよ。アクリア、あなたは裕貴様の傍に居るつもりですか?」

「はい、お母様。聖獣のミュー様がいらっしゃるとはいえ、お1人では心細いでしょう。傍でお助けすることが王女たるわたくしの使命であると考えます。」

「では、そのように。あまり裕貴様のご迷惑にならぬように。」

「はい、お任せください。」


 優しく諭す王妃様にアクリア姫は優雅に一礼した。


 それからアクリア姫と供に謁見の間を辞した裕貴は、部屋の外へ出てから大きくため息をついたのだった。


§


 

 謁見の後、裕貴はアクリア姫に頼んで王立大図書館へ行くことになった。


 予想外とはいえ、アーシィの言っていたサマーリン王国の王都へやってくることが出来たのだ。まずは自分の目で王立大図書館や街を見てみたいという気持ちもあったし、自分の帰還方法を探してもらうのに本人が顔を出さないのは不義理だと思ったからだ。


 王宮から馬車で王立大図書館へ向かう。

 馬車も馬も立派だったし、御者でさえ立派な身なりをしていた。護衛には数人の軽装の兵がついており、連れだって街中を行く様は裕貴にはさっぱり馴染めそうもない。ミューも当たり前のように裕貴の隣に座っているので裕貴の心象は多少マシではあったが。

 ふと、舞の車に一緒に乗せてもらう時はいつも居心地の悪さを感じていたことを思い出し、少し笑ってしまう。

 そんな裕貴を対面に座ったアクリア姫が不思議そうに見つめる。


「どうかなされましたか?」

「あ、いえ。僕の幼馴染も資産家の家の子で、偶に車に乗せてもらったことを思い出してしまって。もちろん、王族のアクリアとは比べ物にならない程度ですけれど。」

「そうですの。裕貴様にはそんな幼馴染がいらっしゃるのね。よろしければ裕貴様の世界の事をもっと教えて下さいませんか?」

「もちろん。そんなことで良ければ。」


 それから図書館へ着くまで、請われるままに元の世界の事を話す。アクリア姫は実に興味深げに、楽しそうに裕貴の話を聞いていた。


「そのスマートフォンというものは素敵ですわね。離れていてもいつでもお話が出来るなんて。」

「はい。生憎僕のスマホは鞄に入れたまま元の世界に置いてきてしまったんですけれど。アクリアは誰か連絡を取りたい人が居るんですか?」

「ええ。わたくしには2人の兄がおります。どちらも政治や外交を学ぶために他国へ留学中ですので、滅多にお会いできませんの。もちろん手紙のやり取りはありますけれど、遠くのお兄様達とお話し出来たらきっと素敵でしょうね。」

「そうですか。アクリアの家族は仲が良いんですね。」

「ええ、仰る通りですわ。ですから、突然家族と引き離されて連絡も取れないなんてと考えたらとても辛くて。この国の歴史とは関係なく、わたくし自身が裕貴様のお力になりたいと思うのです。」

「ありがとう、アクリア。」


 真剣にそう言うアクリア姫を前に、彼女の善意を少しでも疑った自分を恥ずかしくおもう裕貴であった。


 それから馬車は王立大図書館へ停まり、図書館の職員らしき若い女性に中へと案内される。


「ようこそおいでくださいました。アクリア姫様、裕貴様、ミュー様。私はお二人の案内を仰せつかりました司書のセレンと申します。どうぞよろしくお願い致します。」

「こちらこそ、手を貸して下さって感謝します。」

「お忙しい所すみません。よろしくお願いします。」

「ミミュウ。」


 挨拶をして彼女に付いて行く。ミューを図書館に入れていいのかとも思ったが、アクリア姫が居るお陰か何も言われずそのまま一緒に行く。もっとも、これまでのミューが好奇心で何かしたり粗相しているところを見たことがないため大丈夫だろうと、裕貴は気にしないことにした。


「広い!すごい図書館ですね。」

「お褒め頂き光栄です。我が大図書館は周辺諸国含めても最も古く、異世界の勇者様が世界を救ったころよりありとあらゆる書物を集め、王国での記録もすべて分類、保管しております。ただ保管場所には苦慮しており、これまでの歴史で3度建て増しが行われ、王都外にも大保管庫が2つ御座います。」


 案内された大図書館は中央が吹き抜けになっており、3階建てになって居る。窓は無く外からの光は入らないようになっており、所々に照明が置かれていて柔らかな光に包まれていた。

 見渡す限り多くの本棚があり、中央には大きな机と椅子、本棚周辺には所々に立ったまま見られる書見台が置かれている。

 今は多くの人が中央の机に様々な本を集めており、座った人がかたっぱしからその本を確認しているのが見える。


「もしかして僕の帰る方法を探して下さってるんですか?」

「はい、もちろんです。異世界の勇者様に関する書物や世界を渡ったという伝承、突然消えた人の伝承や記録、離れた場所を移動する魔法に関する書物を中心に内容を改めております。何分なにぶん蔵書数が膨大な為、全て確認するには早くとも1週間ほどかかってしまいますが……。」


 セレンが申し訳なさそうに頭を下げる。裕貴はあわてて手を横に振った。


「そんな、むしろ普段のお仕事より優先してもらってしまってるみたいで、申し訳ないです。」

「なんというもったいないお言葉。我々の労力などお気になさらないで下さい。むしろ生きているうちに異世界から来た方の力になれるなど、末代まで自慢できる話です。職員一同張り切って作業しております。」


 満面の笑みで答えるセレンに、裕貴は少し困惑気味。小声でそっとアクリア姫に声をかける。


「あの、アクリア。この国の人ってそんなに伝説の勇者の事が好きなのかな?」

「ええ、もちろんですわ。皆幼いころより今の世界で平和に暮らせているのは異世界から来た勇者様のおかげと聞いて育っておりますもの。いつか異世界から来た人がいらっしゃったらその方の力になりたいと思っている方々ばかりですわ。」


 そう言って笑うアクリア姫。


 裕貴はここへ来て、アクリア姫や王様たちがやけに親切だった理由が分かった。この国の人にとって異世界人というのは伝説の勇者と同じ世界から来たというだけで、アイドルというか有名人みたいな扱いなのだろう。

 おそらく裕貴の帰還に貢献したということが、国の歴史に残る偉業として刻まれるようなことなのだ。


 裕貴は名も姿も知らない異世界の勇者に、心から感謝したのだった。

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