「好きー、って言って」
怪物イケダ
「好きー、って言って」
駅前のペットショップの小さなゲージの中で、そのインコはこっちをじっと見ていた。
他の鳥がにぎやかに鳴く中で、ただ一羽、静かに首をかしげていた。
「……連れて帰ろうかな」
それが、私とそのインコの出会いだった。
名前は、トモにした。
彼の名前を少しもじって。あの人が生きていた頃、冗談のように言っていた。
「オレ、死んだら鳥になって戻るわ。ベランダで“好きー!”って叫ぶからな」
笑って、「やめてよ恥ずかしい」なんて返したけど——。
数ヶ月前、彼は事故で亡くなった。あっけなく、突然だった。
トモは、うちに来て三日目の夜、初めて言葉をしゃべった。
「……すきー」
私は息をのんだ。
その発音。イントネーション。
まるで彼の声だった。
「ねえ……もう一回言って」
ケージに顔を近づけて聞いたら、トモはちょこんとこちらを見てから、こう言った。
「すきー。だいすきー」
……笑ってしまった。
涙がこぼれた。
それから毎日、トモは少しずつ言葉を覚えていった。
「おはよー」「おつかれー」「すきー」
そのどれもが、彼の言い方に似ていた。
そんなある日。
私はいつものように朝ごはんの支度をしていて、ふと、彼が好きだった曲を流した。
すると、突然トモが、こう言った。
「……あのとき、言えなくてごめん」
動きが止まった。
私はゆっくりトモを見た。彼は、ただ首を傾げていた。
「え……今、なんて言った?」
トモは何も言わなかった。ただ、少し羽をふるわせて、つぶやいた。
「ありがとー……すきー……」
心臓の奥がじんと熱くなった。
——彼だ。
このインコは、あの人だ。
根拠なんてない。ただ、そうとしか思えなかった。
それから私は、トモに「おかえり」と言うようになった。
「行ってきます」と言えば、「いってらっしゃーい」と返ってくる。
たとえば、それがただの偶然だったとしても。
トモが彼の生まれ変わりじゃなかったとしても。
私の孤独をそっと埋めてくれるこの小さな命を、私はずっと大事にしたいと思った。
今日も窓辺で、トモは一声、こう鳴いた。
「すきー!」
まるで、私の心に、羽がふれたようだった。
——ありがとう、もう一度会いに来てくれて。
——インコなら、働きに行かないで、ずっと家にいても許せるし。
「好きー、って言って」 怪物イケダ @monster-ikeda0407
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