第7話

ハルモ村での日々は、アシュパルにとって驚きと発見の連続だった。ミルンとその数人の仲間たちは、離宮の庭では決してできないような遊びを、毎日飽きることなく繰り広げていた。彼らはアシュパルを「離宮の変わり者のアシュパル」と呼びながらも、ごく自然に仲間として受け入れてくれた。



ある日の午後、彼らは村の近くを流れる浅い小川で、魚捕りに興じていた。

ミルンは器用に小石で流れを少しだけ堰き止め、手製の粗末な網でキラキラと光る小魚を追い込んでいる。他の子供たちも、泥んこになるのも構わずに、キャアキャアと歓声をあげながら水しぶきを上げていた。

「アシュパルもやってみろよ! 面白いぞ!」

ミルンに手招きされ、水辺に立っていたアシュパルは最初、裾が汚れるのを気にして少しだけためらった。離宮での生活では、衣服を汚すことなど考えられなかったからだ。


だが、太陽の下で楽しそうに輝く水しぶきと、子供たちの屈託のない笑顔を見ているうちに、胸の奥からうずうずとした気持ちが湧き上がってくる。

彼は意を決して、履いていた草履を脱ぎ捨て、おそるおそる水に足を踏み入れた。ひんやりとした水の感触が、火照った足に心地よかった。

ぎこちない手つきでミルンに教わりながら網を構え、すばしっこい小魚を追いかける。結局、アシュパルが一匹も捕らえることはできなかったが、いつの間にか服の裾は濡れ、顔には泥が跳ねていた。それでも、心の底からこみ上げてくる笑い声を、彼は止めることができなかった。生まれて初めて味わう、自由な喜びに満ちていた。



また別の日には、森の奥へと探検に出かけた。子供たちだけの秘密の場所があるのだという。それは、大きなクヌギの木の下、太い蔓草が覆い被さってできた天然の洞のようになっていて、彼らはそこを「竜のあぎと」と呼んでいた。

薄暗い「竜の顎」の中は、子供たちの宝物でいっぱいだった。綺麗な鳥の羽根、変わった形の石ころ、動物の骨。そこで彼らは、木の実を分け合ったり、村の大人たちの噂話をしたり、時には誰かが祖父母から聞いてきた古い物語を、声を潜めて語り合ったりした。

アシュパルも、離宮の書物で読んだ遠い国の話や、星の動きについて語って聞かせると、子供たちは目をキラキラと輝かせて聞き入った。ミルンは特に、アシュパルの話に出てくる「海の向こうの国」に興味津々のようだった。



その日、「竜の顎」へ向かう途中、苔むした小さな石の祠が、道の傍らにひっそりと打ち捨てられるようにあるのをアシュパルは目にした。誰にも長い間手入れされていないらしく、屋根の一部は崩れ、半分土に埋もれかけている。

「ねえ、ミルン。あれは何だ?」

アシュパルが尋ねると、ミルンは肩をすくめて答えた。

「さあ? ばあちゃんが昔、何かの土地の神様だって言ってたけどな。今はもう、誰も拝んだりしちゃいねえよ。ただの古い石ころさ」

他の子供たちも、その祠には一瞥もくれずに通り過ぎていく。アシュパルは、なぜかその古びた祠から目が離せなかった。胸の奥が、ほんの少しだけ、ちくりと痛むような、不思議な感覚。だが、その正体も、どうしてそう感じるのかも、彼にはまだ言葉にできなかった。



遊び疲れると、村はずれの草地に皆で大の字に寝転んで、青い空を流れる白い雲を飽きもせず眺めていることもあった。遠くには、村人たちが畑仕事にいそしむ姿が見える。子供たちは、大人たちの農作業の真似をして、草の茎で笛を作って鳴らしたり、石ころをお金に見立ててお店屋さんごっこをしたりしていた。

アシュパルは、その穏やかで、どこか懐かしい風景の中で、自分が今まで知らなかった、素朴で力強い生活の営みを感じ取っていた。都の宮廷とは全く違う時間の流れ、人々の飾らない息遣い。ここには、難解な書物の中には決して書かれていない、「何か」大切なものがある。

そんな確信にも似た予感が、彼の心を静かに、しかし強く捉え始めていた。

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