第6.5話 君は碧羅の天
恋夏に会って、二週間くらいたった。
「どーなの?その恋夏ちゃんとやらは。」
「別にどうってこともないよ。」
「素直じゃない子ねー。」
夜ご飯を食べているときに、母さんが茶化してきた。
「思春期ってやつ?まぁそうよね。母さんにもそういう時期あったからね。」
「…。」
俺が黙っている間もずっと母さんは喋り続けていた。
「あんまり行動しなさすぎも良くないわよー?」
「ここらじゃ女の子少ないし、早くしないと取られちゃうんだから。」
「誰が取るんだよ。」
「んー、憂の友達とか?」
「あいつらはここらへんうろつかないしそんなことしないよ。」
「ふーん。」
「じゃあ、憂はずっと”お友だち”止まりってこと?」
「…うるさい。」
「へぇ、まあせいぜい頑張んなさい。」
そう言って母さんはお味噌汁を一口飲んだが、すぐに置いた。
「そういえば、整理進んでる?」
「…あ、」
「『あ』ってなによ、もしかして進んでないの?」
「どれ捨てようか迷ってて、進んでない。」
「え〜、どーすんのよ…。来月なのに。」
そうは言っても来月の終わり頃、そこまで急がなくてもいいのに母さんは…。
「すぐ終わるよ。」
「ほんと?じゃあまぁ恋夏ちゃんに会いに行くのは止めなくてもいいか。」
母さんは余計なお世話ばかりしてくる。正直厄介だけどそこまで嫌いじゃない。
「そういえば、もうすぐ
「あ、そっか。」
「どうなの誘ってみた?」
「まだ誘ってない…。」
「早く誘いなさいよ、他の子が誘っちゃうよ?」
「…うっさい。」
次の日、妙に目が冴えていつもより早く起きてしまった。日課の外周も今日は日の出と同じ時間に家を出ていつもよりちょっと多く走った。恋夏を誘うのか…そう思うと緊張で心拍数が上がる。
いつもより早くいつもの場所に行って誘いの練習を頭の中で反復していた。お祭りに誘うのなんて男友達にしかしてこなかったし、行くとしても二人っきりだから恋夏は
嫌がってしまうんじゃないか、そういう不安が頭をどうしてもよぎってうまく誘えるのか怖くなる。
色々考えていたら、肩にぽんっと手を置かれたと思ったら、
「わっ!!憂、こんにちはっ!」
心臓が止まるかと思った。今から誘わないとと思うと口ごもってしまいそうになる。でも悟られちゃったら困るから調子をいつものように戻して、恋夏に話しかける。
恋夏は隣りに座るや否や、目ざとい問いかけをした。
「憂、なにか考えことでもしてたの?」
「あ、う、うん。そう、だね。」
口ごもって、顔を背ける。ちょっと可哀想なことをしているのはわかっているけどこうしなきゃこの顔を見られてしまうから。しばらく恋夏は俺の話し出しを待ってくれていた。
これ以上はだめだ!
「あ、あのさっ、夏祭り一緒にいかないっ…?」
勇気を出して誘ってみる、勇気のなさから少し恋夏に詰め寄る。
恋夏は小さく声を漏らして、そのあとしばらく黙った。
このとき、俺はいけないことをしてしまったのだと感じた。
「…もしかしてもう先に約束しちゃってた…?」
震えそうになる声を抑えて尋ねる。
「あ、ううん!そうじゃなくて!夏祭りなんてあるのかな、って思ったの。」
焦りを隠せない様子で恋夏は答えた。もしかしたら気を使わせてしまったかも…。
その後は緊張も解けていつもの調子に戻って会話を続けることが出来た。
その日の夜、今日も食卓で母さんは尋問にも似た弾丸トークを受けた。
「ねね、今日はなんの話してきたの?」
「恋夏ちゃんはどんな反応してくれるの?」
「あんまり焦らすと困らせちゃうわよ?」
「…。」
俺が話さなくても勝手に話が進んでいく。正直誰に話しかけているのかも最早わかっていなさそうだと思った。
「そういえば、今度のお祭り誘えたの?今日ずーっとそれが気になってアイロンでエプロン焦がしかけたのよね〜。」
絶対嘘だ…それなら最初に言うはずだし。
「で、どう?返事は?憂。」
「…誘えたよ、一緒に行くって言ってくれたし。…喜んで、くれたし。」
「…!!」
母さんは驚いた顔をして持ち上げた食器を手に持ったまま固まって、瞬きをしたあと食器も箸も置いた。
「きゃああ!!うそぉ!?」
「なんだよ…。」
こうした様子の母さんをよそ目に味噌汁をすする。
「よかったわね!!御赤飯炊けばよかったわ〜!なんで早く言わないのよ〜!」
こうなるから嫌なんだよなぁ…。
「そうだ!甚兵衛着る?それとも浴衣?おじいちゃんが着てたのがあるわよ!」
「…浴衣にする。」
「きゃああ!おそろいね、母さん頑張って着付けするからね!」
夜自分の部屋にこもって今日のことを思い出す。
恋夏がいつも誘うのは自分だと言っていたことが気にかかった。誘われなかったってことは…変に勘ぐってしまうのは良くないってわかっているのに。
結論が言語化されてしまう前にスマホが鳴った。メッセージの主は恋夏だ。
「『憂!今日のことは調べなかったけど空について色々調べてみたの!それで天気の名前面白いのいくつか見つけてさ!聞いてよ!』」
「ふふっ、『なになに?』」
「『まず1つ目はね、催涙雨!七夕の日に降る雨のことで、この一日のためだけに作られた言葉だからロマンチックだなぁって。』」
「『いいとこに目をつけたね』」
そのメッセージのあとに猫が親指を立てていいねと言っているスタンプを送った。
まさか話を聞いてくれるだけじゃなく、空のことにも興味を持ってくれるなんて、そう思うと嬉しくて、顔がほころんだ。
恋夏は、優しい。恋夏は今まで会ったことのない人、離れたくないと思えた人だ。
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