曇のち、涙。
あみねここ
通り雨の気まぐれ
第1話 君は夕立
君と出会ったのはある夏の夕方のこと。
夏休みに入ってたから私は隣町まで電車で行って買い物をした。その帰り道、駅の改札を出たところで突然の夕立にあった。ここは田舎だから雨避けもないし、この時間家には誰もいないから私は一体どうしたものかと途方に暮れていたら、君が来た。
「傘ないの?」
私と同じように改札を出た君が私にそう尋ねてきたっけ。私はこくんと頷いて君の顔を見た。
「じゃあ、このビニール傘使いなよ。俺、折り畳み傘あるからさ。」
にかっと爽やかに笑う君は雨の中でも太陽みたいだった。
「い、いいよ。雨上がるまで待つから。」
私はそう断ったけど、君は強引に私の手に傘に握らせて、
「これはすぐ上がんないよ、待ってたら日が暮れるし、この傘安物だからあげるよ。」
そう言い残して君は雨の中走っていった。
「やっぱりなかったんだ。」
私はぽつりと呟いて、貰った傘を開いた。私を濡らせないという絶対的意志を感じるくらい大きな傘に私はちょっと驚いたけど、その傘のおかげで家まで1ミリたりとも濡れなかった。
その日の夜、ご飯を食べながらおばあちゃんに話してみた。うちはお父さんが私が3歳の時に死んで、お母さんは海外赴任で長期出張、帰れる目処も立ってないらしくおばあちゃんに私を預けっきりだ。
「そういえば、今日の帰りに男の子から傘貰っちゃってさー、」
「うん。」
「でも、その子ビニール傘以外持ってなくて結局私だけ濡れずに帰っちゃったからね、」
「うん。」
「なんか悪いなぁーって思っててさ、」
「そうかい。」
「その男の子ってどこの子なのかなぁ。」
「そうか、その子はきっと華井さんとこの子だろうね。」
「はないさん?」
「華井憂くんだよ。そうか恋夏は聞いたことないか。」
「うーん、そうだね。何年生?」
「うーん、高校二年生だったかなぁ。」
「えっ?!2年?!」
「どうしたんだい、大きな声出して。」
「いや、タメ口で喋っちゃったから……。」
私がそう言うとキョトンとした顔をしたけどおばあちゃんはすぐ笑顔になって、
「学年が違うからなんだい?生まれた年がちょっと違うからなんだい?」
「同じ人間なのは違いないじゃないか。」
そう言われて私はハッとした。たしかにそうだ。学校外だしそんなこと気にしなくていいんだ。
「私明日お礼言ってくる。ちゃんとお礼できなかったから。」
そう言うとおばあちゃんは優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
「いい子になったね、恋夏。」
おばあちゃんの手は暖かくて柔らかい。
次の日、おばあちゃんに教えられたあるひとつの家に行った。表札には【華井】昨日聞いた名前と一緒だ。インターホンを鳴らして、誰かが出てくるのを待つ。手さげ袋を持つ手にやけに力が入る、手さげ袋の中には数種類のお菓子が入っている、彼が何を好むかも分からなかったからだ。
『ごめん、待ってて。』
ガサガサとしたインターホンの音声は妙に緊張を助長してきた。がちゃり、ドアが開いた。彼は小さめの庭を通って門扉を開けた。
「たしか君は昨日の?」
「あ、はいっ。昨日はどうも。あの、傘1本しか持ってなかったのに頂いてしまって…そのお礼をと思って」
「あー、あれ?ただの自己満だよ。気にしないで。」
そう言って笑う君はやっぱり太陽みたい、思わず見とれた。
「こっ、これも自己満でしてるから!お願い受け取って!」
自分でも何を言ってるか分からない、でも、もう口を出てしまった以上は何とかしなければ…。
「あははっ、そっか。自己満かぁ、じゃあこうしよう!」
「?」
「俺のこと、憂って呼んでよ。あと、タメ口がいい。だめかな?」
「それだけ…?」
物を要求しない彼の様子に思わず零れた。でも、その零れた言葉も拾ってくれた。
「うん、それだけ!」
屈託のない満面の笑み、また見とれて言葉を忘れてしまいそうになった。
「……あ、わ、分かった……。」
「あ、そういえば君何年生?っていうか、名前聞いてもいい?」
「あ、あー、はい。じゃなくて、うん。私、恋夏。恋に夏って書いて、恋夏。中学二年生…だ、よ。」
「あははっ…ごめん、タメ口難しいなら無理しなくていいよ?」
「い、いえ!大丈夫で…だよ!!」
「しかし、中二かー1番いい時期じゃん。そういえば、あんまり見ない顔だね。引っ越してきた?」
「うん、7月の中間ぐらい。」
「ふーん、じゃあ最近だね。どう?慣れた?」
「うん、前からここには里帰りにも来てたから随分慣れてるよ。」
「里帰り、か。なにか事情がありそうだな。でも深くは聞くつもりないからね。」
「ふふ、ありがとう。」
憂と話してると自然と笑顔になる、憂とは相性がいいのかも。
話していたら、家のインターホンから声が響いた。
『憂〜?ちょっと手伝ってほしいんだけどー。』
「あー、ちょっと待ってて、すぐ行く!」
憂はそう言うと、体の前で手を合わせた。
「ごめん!俺呼ばれたから…」
「あ、うん…。いいよ行ってきなよ。」
「うん、ありがと。恋夏。」
不意に名前を呼ばれドキッとする、憂は私の名前を呼んだ後、庭を歩きかけていた。ちょっと進んだところでピタリと止まり、振り向いた。
「っ…!!」
まだ家先を私が離れられなかったから気になったのかな…?!
「明日!!明日恋夏の用事がなければさ、会えないかな…?!」
「…ぇ」
「…って言ってもいきなりすぎるよな。ごめん。忘れ…」
「う、ううん!!明日暇だから!会おう!」
「!!じゃあ、また明日!!」
また眩しい笑み。心臓がまた高く跳ね上がる。言い忘れぬうちに言いたい言葉を絞り出す。
「…また、明日!!」
憂は家のドアを開けて、手を一振して家に入っていった。
ある一つの高揚感を感じながら私は帰途に着いた。
「(あ、お菓子…渡しそびれちゃった。でも…)」
顔がほころぶ。嬉しくなってつい言葉が溢れる。
「明日会えるしいいか。」
浮ついた心を抑えきれず体ごと浮ついて跳ねるように歩いた。
いきなり現れた光が、あっという間に見えなくなっていく。まるで夏の夕立。でもそれでもいい。会えるのならば、夕立だろうとも。
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