パラドックスのオコリカタ 〜「世界観予告」兼「前日譚集」〜

実直なきつね

運命すら揺らぐ、ヒトの本質

 数ヶ月前の話だ。

 俺は、この世界で起きる全ての事象が、運命で決まっていることを知った。

 あらゆる物事は、必ず行き着くべきところに行き着く。

 それが、良い結果を生む時もあるが。悪い結果に至り、どう足掻いても変えられないという事実を突きつけられる当事者になった時の絶望は計り知れない。


 例えば、大切な人の死とか。

 

 そして運命を破る者、その危険性がある者は例外なく、『ネクサリウム』という組織によって連行され、処刑か収容をされる。彼らはただ自由な選択をして、自分の未来を掴もうと手を伸ばしただけの者たちだ。

 勇猛果敢に、眼前の絶望に立ち向かった者たちだ。


 彼らが捕まり、まるで悪事を働いたかのように扱われ、死を待つ。

 中には、大事な人を助けたかっただけの人も大勢いる。

 だが、それは世界にとって、悪なのだ。

 死すべきなのだ。


 ネクサリウムは、そういう指針だ。

 

 そのことを、俺は良しと思わない。


 なんせ俺も、その運命ってやつに散々弄ばれた挙句、母親を失ったから。


 俺はネクサリウムに囚われ、偶然命だけは見逃された。

 俺に、ある時突然宿った、『時の眼』という力に利用価値を感じたらしい。

 運命を突破しうる者たちに壊された運命律を修復するための、工具箱のような扱いだ。人権はほぼない。


 けれど俺は、耐え忍んでいる。

 この腐った神の真似事をする組織の中で、静かに牙を研いで。

 いつか、俺の功績がこの組織の頂点__運命というものを創り出した者の耳に入り、謁見を許されるその時。


 奴の『時間』を前と後ろから引き裂いてでも、この縛られた世界を終わらせるために。


 この世から、運命を消し去るために。



 ◆尽献じんこん


 この世界に生きる人間には、その者の本質を示すもの__【ファタス】というものが宿っている。

 本質に沿った行動をする時、人間は無尽蔵のエネルギーを引き出せる。

 それは故知らぬ世界からの贈物ギフト、または、神の悪戯だと言われている。

 己では知覚できず、自身の運命を悟り、受け入れた時でなければ、ファタスというものは宿主に味方をしない。


 例えば。


 セラン・ノイエ。


 彼女の運命は、他者に尽し、己を顧みない蛮勇。


 彼女が渦中におかれるのは、魔族との戦争。

 魔獣と魔人が軍を成し、人の領地を襲う。

 そんな争いが数百年にわたって続くバーゼルという国で、彼女は騎士として戦っていた。

 傷を負い、伏した仲間たち。過酷な戦況。圧倒的な力を持ち、敗北を凌ぐのもやっとのこと。

 そんな中で、彼女は他人の盾となり。

 一月の間休まずに戦い続け。

 懸命に、バーゼルの戦況に貢献した。


 その果てにあるのは。


 親友の死と、バーゼルの大敗による、国の滅亡。

 そんな悲惨な歴史。


 血まみれの運命さだめ


 彼女が、その運命に直面した時。

 本来の歴史では発生しなかった本質の昂りが、彼女の中で蠢いた。


 目の前で冷たくなってゆく、苦楽を共にした親友。

 誰もが戦意を喪失し、敗北を喫する、バーゼル王国。

 止まない耳鳴りに、己の中だけで循環する熱い呼吸。


 憤怒と、後悔。


 これまで軍の教えから、己の命を守ることに割いていた思考が、焼き消える。


「私が、もっと…………頑張っていれば。

 私が、もっと強ければ。私が、もっとみんなを守れたら。

 私が、もっと、もっと、もっと__死力を尽くしていたら


 私が____」


 瞬間。

 

 彼女の視界が赤く染まり、地に伏した兵達の血が宙へと吸い上げられ、深々と切り裂かれた傷が、断面同士が引き合わされるように、修復されていく。

 死の淵に立たされていた者たちが、その奇怪な力により一命を取り留め、立ち上がっていく。


 そして、彼女は蘇った敗北者達の先頭で、独り……剣を振るう。


 彼女の本質は、負傷したものの傷を癒やし、その痛みを肩代わりすることでエネルギーに変換する。

 流れた血の分だけ、彼女の体は稲妻のように疾く。与えられた痛みの分だけ、振るう小手先の技でさえも巨人の鉄槌の如く重い。

 

 それが他者のために尽くし、己を粉にする__【尽献】の本質ファタスであった。


 運命が一つ、綻びを生んだ。



 ◇虚壊きょかい


 影の都市と呼ばれる場所があった。

 そこは、建造物の平均標高が高く、真昼でなければ都市のほとんどが影に覆われる。

 単純明快な理由でそう呼ばれるようになった都市だが、名は体を表すとはその通りで、体が先か、名が先かは、もはや論ずるべきところではない。

 どちらが先であろうとも、どちらかに追いつくのだ。

 人は、暗がりで生きていると精神をやがて病んでいく。

 病んだ人間達は倫理や自制を失い、悪事に対する躊躇いを失う。

 そして、一人でもそういったものが現れたら最後、感化された者が刃を抜き、また別の者が金に目を眩ませる。


 影の伝染病。


 約数十年もかからずに無法都市と化した影の都市で、とある男が徘徊していた。


 その男は、上裸であった。仕上げられきった肉体を、悠々闊歩して披露していた。

 

 この場所で、服を着ないことを咎める者はいないため問題はなかった。

 

 その男は、髪は灰色に染まり、肌が褐色に焼けていた。

 

 この場所で、髪や肌の色をとやかくいう者はいないため問題はなかった。

 

 その男は__不条理が嫌いであった。

 

 この場所は、不条理に満ちた混沌であったため、大問題であった。


 男の名はオルガ・ノヴァ。

 彼は特に目的もなく影の都市を訪れて、そのまま特に何もなく去るのが正しい歴史であった。特に面白い者がなかったからだろう。

 彼は己の気分にしたがって生きる、極めて奔放な人間であるのだ。


 しかし、彼は少し歴史を踏み外すことになる。


 オルガは、急いだ様子で道の先から走ってくる四十前後の男を見かけた。

 そしてその男が彼の横を駆け抜ける時、オルガは男の腕を掴み、睨んだ。


「ひぃぇっ?! な、なんだお前!?」

「手ェ出せ」

「は、はぁ?!」

「手に持ってるモン出せっつってんだ。早よぉ」


 オルガの瞳は、生まれながらに金色であり、それによって親でさえ彼を恐れていた。

 悪魔ベヒーモスという、伝承に存在する魔物の眼も、同じ金色であったためだ。その見る者全てを怯ませる金色の眼は、小汚い男が持つ分不相応な物を見逃さなかった。

 男が震えながら差し出したのは、緋色の宝石が装飾された短剣。刃は鞘に収まっているが、それでも並々ならぬ値を誇るものだと、一目でわかるものだった。


「オメェの物じゃねぇな」

「だ、だからなんだっ! ここじゃあ盗まれる方が悪ぃんだよ!」

「ほぉ、そうか__」


 その瞬間、オルガは男の腕を軽くひねり、右腕の骨を砕いた。


「あぁあああ!?」

「ハハハっ!」


 オルガは狂気じみた笑みに破壊の快楽を浮かばせ、その力を存分に引き出した。

 相手がたとえ小鼠であっても、容赦はない。

 そのまま軸を失った腕を体ごと持ち上げ、柔らかいぬいぐるみのように振り回すと、短剣のみを掠め取り、男を道壁に投げ飛ばした。衝撃で砕ける壁、降りかかる瓦礫に男は埋れ、死にはしないが意識は消失していた。


「俺に盗まれたお前も、悪ぃな」


 オルガはその慧眼で、誰に言われたわけでもないけれど、盗品と思わしき短剣を握りしめて影の都市を徘徊した。

 そして、そこでとある人物に遭遇する。

 数人の近衛兵を引き連れた、苛烈な赤髪の少女。王女カーリア・フィーナ。

 

「貴方。そ、そこの公然猥褻こうぜんわいせつ筋肉ダルマ。それを返してくださる?」

 

 短剣を持っていたオルガに、彼女の周り近衛兵は無言で槍を向けた。

 その様子から、意外にも冷静にオルガは状況を全て悟る。


「あぁ、これテメェのか。おっさんが持って走ってたから盗品だろうとは思ってたんだよ」

「王女様に向かってなんという口を__ま、まてそれは投げるな!」


 短剣をそのまま手元から放り投げると、近衛兵達が慌てふためいて宙に視線を漂わせるが、それは綺麗な弧を描いてフィーナの手元に吸い込まれていった。

 野蛮な格好に恐ろしい眼をしたオルガの、敵意の皆無さが、この影の都市では異様に映る。


「あ、ありがとう……貴方、お名前を聞いても__」


 その瞬間、影の都市は異常に包まれる。真昼でもないこの早朝に、都市全体が光に包まれたのだ。

 暗がりの街に、陽光に似た白が降り注ぐ。


「な、なんですの!?」

「__」


 一同が空を見上げると、そこには巨大な太陽__いいや、光の繭が浮かんでいた。

 歪な面が幾重にも組み合わさって、球体という体をなしているその繭のから、どす黒い亀裂がオルガとフィーナの二人を睨みつけている。


 その亀裂から、一本の人間の数倍は大きな腕が生えた。

 否、繭を突き破ったという表現が正しい。巨人の腕はやがて肩まで露出し、腕が繭の外殻を掴み、押し出すように残りの体も出現する。

 緋色の布で身を包む原始的とも言える風貌の巨人が、繭の中から姿を現し、浮力を持ったように降下してくる。


 無法であり、罪悪の跋扈する影の都市に現れる、『正義の巨人』。

 歴史に残る、上位存在の突如たる君臨であった。


 目に映るものが現実かを疑うような景色の中で、オルガは淡々と王女フィーナに問う。


「あいつは、止めるべきか?」

「え……えぇ__奴は、影の都市を消滅させるために生み出された存在であると、占星術の予言にて聞き及んでいます。断固として、止めるべきです。

 私はそのためにここに来ましたし、この街には罪なき子供も大勢いますもの……」


 オルガの質問に、対するフィーナの答え。そのわずか一言の判断材料さえあれば、彼には十分であった。

 彼も止めたいと思っていて、誰かも止めるべきだと意思を示した。

 それがあれば__

 

「なら、やるかぁ」

「やるって、どうするおつもりですか__」

「決まってんだろうが」


 【虚壊】の本質ファタスを持つ彼には、十分すぎる理由であった。


「ブチ壊す」

 

 悪魔のような金色の瞳が、破壊の権化の様相を呈する「狂気」を以てして、輝き出す。

 彼の力は、「破壊という快楽」に逢うためのもの。【虚壊】の力は、あらゆる物体の性質を、統一して破壊する。


 彼が岩のようなものを壊したいと願えば。

 彼が殴りつけるものはたとえ粘性を持ったスライムような生物であっても、岩のような性質になり、ひび割れ、衝撃によって砕け散るのだ。


 悪魔、破壊神、流浪。どの言葉も最終的には適さない。

 彼には、快楽の化身という言葉が一番似合う。


「ヒヒヒヒヒっ!!」

 

 影の都市のわずか二百年の歴史、その破滅が免れてしまう__


 存在しない歴史が一つ、書き加えられる。






随時追加予定 次回ティザー ◆絢爛けんらん

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パラドックスのオコリカタ 〜「世界観予告」兼「前日譚集」〜 実直なきつね @KuroiKitsune

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