第4話 幽世ネット
朝の光が窓からさんさんと差し込んで、僕の目を覚ました。いつの間にか研究所のソファで眠っていたらしい。頭がずきずきと痛む。昨夜の発見――榊原さんの裏切り、凜華の策略、そして謎のメモ。すべてがまるで悪い夢のように思えた。
「幽界ネット」
何度も繰り返したその言葉は、まだ理解できない謎だった。
研究所のカフェテリアは、いつもよりざわざわと騒がしかった。同僚たちがスマートフォンを見ながら、興奮した様子で話している。そのひとり、鈴木が声をかけてきた。
「おい、神崎。おまえ、これ……」
彼が差し出したスマートフォンの画面に、僕は凍りついた。
『国家VR研究所機密情報流出事件 ――内部犯行の疑い強まる』
昼に更新されたニュースサイトのトップを飾るその記事。そして、その記事の横には、なぜか僕の顔写真があった。
「何だこれ……」
震える手でスマートフォンを受け取り、記事を読み進める。国家VR研究所の最高機密プロジェクトの詳細が外部に流出。犯人は内部関係者と断定。そして、主な容疑者として神崎悠翔の名前が挙げられていた。
「冗談だろ……」
カフェテリアのテレビがついた。そこにはキャスターとしての凜華の姿があった。彼女はいつもの冷静な表情で、事件について報道していた。
「内部関係者によると、神崎容疑者は個人的な利益のために機密情報を外部に売却した可能性が高いとのことです。現在、警察は――」
言葉が耳に入らなくなった。頭の中で血が轟音を立てて流れる。これが「排除」の意味か。罠だ。全て仕組まれていた。
彼女は悲しげな表情を作りながら、語った。
「神崎悠翔容疑者には、実はインタビューをしたことがあります。彼が科学の発展のために働く誠実な人物だと信じていただけに、この事件は私にとっても大きなショックです」
完璧な演技。視聴者の同情を買う完璧な演出。そして彼女はカメラに向かって言った。
「しかし、真実は時に残酷です。私たちは、たとえそれがどのような人物であっても真実を追求し続けなければなりません」
僕の中で何かが壊れた。
研究所のセキュリティドアが開き、黒い背広の男たちが入ってきた。そして、その後ろには榊原さんの姿がある。彼は厳しい表情で、しかし見下した様子がにじみ出ている。
「神崎悠翔さん、機密情報漏洩の容疑で事情を聞かせていただきます」
「待ってください!」
逃げる間もなく、僕は連行された。持ち物を調べられ、研究所のコンピュータも押収される。そこには、巧妙に仕組まれた証拠が大量に埋め込まれていただろう。
取調室は冷たかった。質問の嵐。なぜデータを漏らした? 誰に売った? いくらで?
やっていないと、何度説明しても無駄だった。
「あなたのアカウントからアクセスされています」
「あなたの指紋が残っています」
「あなたの銀行口座に不審な入金があります」
全て偽造された証拠。罠。
釈放されたのは翌日の朝だった。証拠不十分だという。しかし、実際には彼らの計画の一部なのだろう。僕を社会的に抹殺するための第一歩に過ぎない。
アパートに戻ると、ドアには「犯罪者出ていけ」と落書きがあった。スマートフォンには見知らぬ人からの脅しのメッセージが溢れていた。SNSのアカウントは荒らされ、メールボックスには犯罪者に対する正義の鉄槌がたくさん振り下ろされている。
一夜にして、世界が敵になった。
部屋で途方に暮れていると、パソコンの画面が突然暗くなり、そして聞いたことのない通知音とともにメッセージが浮かび上がった。
”彼らは次にあなたの存在そのものを消そうとしている”
誰だ、と返信すると、返事がきた。
”名前はいらない。必要なのは選択だ”
その瞬間、玄関のドアを叩く乱暴な音。おそらく、僕を排除するための次のステップが始まったのだろう。
”選択しろ。死ぬか、それとも死者として生きるか”
画面に表示されたQRコード。「幽界ネット」への招待状。
ドアが壊される音。部屋に駆け込む足音。
僕はQRコードをポケットにぐしゃぐしゃに押し込んで、窓から飛び出した。
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