第3話 盗みと排除
「お疲れ様、悠翔」
待ち合わせた高級レストランで、凜華は笑顔で手を振った。夜景の見えるテーブル席。彼女の美しさは、この都市の光と同じくらい輝いていた。
「遅くなってごめん」
「いいのよ。あなたの仕事の大変さは知ってるわ」
ワインがグラスに注がれ、会話がつづく。彼女は最近の仕事の話をした。視聴率が上がった話。インタビューの舞台裏。普段なら心地よく聞いていたその声が、今夜はなぜか遠く感じられた。
「悠翔、聞いてる?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「いつもそうよね」
スマートフォンがぶるっと震えた。フォルダへの不正アクセスを知らせる自動通知だ。誰かが僕のデータを盗み見ているのだ。
「仕事?」
「ああ、ちょっとした通知」
「また没頭しちゃうわね。あなたのそういうところ、尊敬してるわ」
本当にそうだろうか。彼女の目に映る一瞬の影。それは何を意味するのか。僕たちの関係は、いつからこんなに表面的になったのだろうか。
「あのね、実は新しい企画が通ったの。IT業界の闇に迫る特集。ミトラホールディングスという会社を知ってる?」
その名前に、背筋がひんやりと冷たくなった。榊原さんが最近よく会っている会社だ。
彼女は続けた。
「いくつか資料が必要なんだけど、あなたの研究所にも取材させてほしいの。手伝ってくれる?」
その時、彼女の瞳に何か計算高いものを見た気がした。錯覚だろうか。幻であってほしいと思った。
「相談しておくよ」
その夜、ホテルのベッドで凜華が眠ったあと、僕は彼女のスマートフォンを確認した。罪悪感はあったが、胸のなかのざわめきがそうさせたのだ。そして見つけてしまった――榊原さんとの一連のメッセージを。
”計画通り進めて”
”彼の信頼を得てください”
”データアクセスは?”
悪い想像で頭がフル回転する。信じたくなかった。でも、目の前の証拠は明らかだった。
翌日。研究所の監視カメラが捉えた映像。会議室での榊原さんと知らない男たちとの会話。僕はセキュリティルームのモニターを通して、その様子を見ていた。
榊原は男たちに言った。
「神崎の技術は確かに素晴らしい。だが、VR治療なんて生温い話ではなく、もっと実用的な用途があります」
「どういうことだ?」
「記憶操作技術は、国家安全保障に革命をもたらします。情報統制、世論誘導、さらには敵対勢力の掃討まで」
「人権問題は?」
「フェイクニュースが溢れる世界で、真実など既に曖昧なもの。私たちが作るのは、新たな真実です」
僕の血が凍った。僕の技術が、人々を操るための道具に?
「神崎は協力するのか?」
「彼はまだ理想に燃える若者です。必要なら……排除も検討します」
排除。その言葉の重みが、僕の全身を押しつぶした。
別の男が言った。
「ミトラホールディングスとしては全面支援する用意がある。政府の裏チャネルも確保しよう」
映像の向こうで、彼らは握手を交わした。僕の人生と引き換えに。
その夜、研究所に残って作業していると、セキュリティシステムに異常を検知した。誰かが私のアカウントを使ってデータをコピーしている。慌ててアクセスをブロックしようとしたが、遅かった。
コピーされたデータリストを確認して、胃がずっしりと沈んだ。「記憶操作」技術の核心部分だ。誰の仕業か。答えは明らかだった。
机に戻ると、あの奇妙なメモがまた一枚置かれていた。
”備えよ。彼らはすでに動いている”
そして、前回と同じQRコードの下に、新たな言葉。
”
メモを握りしめながら、僕は決意した。
奴らの計画を明らかにし、自分の技術を守る。そして、裏切りの真相を突き止めると。
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