千早 零式勧請戦闘姫 2040

武者走走九郎or大橋むつお

第1話 ゼロ戦生誕百周年フェスティバル

千早 零式勧請戦闘姫 2040  

 

01『ゼロ戦生誕百周年フェスティバル』 





 ドォーーン ドォーーン ドドンドン パチパチパチパチパチパチ



 もう少しでたどり着くという丘の上に花火が打ち上げられ、群青の空に綿あめのような白煙がいくつも咲いた。


「ああ、ま、間に合ったぁ……」


「走ったからねぇ……」


「一気に行くぞ!」


「あ、待ってよぉ!」


 なんとか余力を絞って丘の上にたどり着いた貞治(ジョージ)は、幼なじみの千早を急き立てて滑走路に急いだ。


 九尾丘(くびおか)は平たい台形でプリンに似て、カラメルシロップが載っているあたりに戦前からの滑走路がある。

 街にはこれとは別に戦前からの空港があるのだが、こちらは自衛隊の航空基地で、自衛隊の記念日でもないと一般に公開されることは無い。


 その九尾丘飛行場の滑走路は1500メートルしかなく、せいぜい双発のプロペラ機が離発着できる程度で、日ごろは地元の企業や飛行クラブ、近隣のレシプロ機の中継飛行場として使われている。


 2040年の今年は皇紀二千七百年にあたり、100年前に正式採用された零式艦上戦闘機、ゼロ戦生誕百周年フェスティバルが街をあげての記念行事として開かれようとしているのだ。


 そう広くもない飛行場には世界中からラジコンやらレプリカ、それに世界でも数機しか残っていない本物のゼロ戦が展示され、国内はおろか海外からもゼロ戦やレシプロ戦闘機のファンが集まり、九尾に市制が布かれて以来最高の賑わいを見せようとしている。


 二人が観衆の後ろに追いついた時、この春に当選したばかりの女性市長がクレーン車のバケットに収まってせり上がってきた。保守的な九尾市初の女性市長であるばかりではなく、その来歴、その若さに参加者の視線と無数の携帯とカメラのレンズが向けられる。


『ようこそみなさん、九尾ゼロ戦生誕100周年フェスティバルにお越しくださってありがとうございます。高いところからではありますが、九尾市市長の天野明里(あまのあかり)が開会のご挨拶をさせていただきます!』


 キャー! アカリ! 待ってました! アカリちゃ~ん! アカリ市長! アカリーン! アッカリーン!


 陽気な掛け声だけではなく、若い声援があちこちから湧きあがる。地元の老人ばかりではなく、商店会やライオンズクラブの大人たちもびっくりし、若者たちは顔を見合わせ、仲間の多さに嬉しい悲鳴を上げる。


 天野明里は、ほんの一昨年までアカリンの愛称で名をはせてきたアイドルで、祖父の天野翔(あまのかける)の引退にともなって出馬して当選したばかりの日本最年少の市長である。


『今年は、みなさんご存知の通り、皇紀二千七百年の記念すべき年にあたっています。主に東京でさまざまな記念行事が行われて、あたかも東京のお祭りのようになっていますが。この、九尾市にも大きな意味と嬉しい意義があります! なぜならば……』


 そこまでで、数千人の観衆、ネットで中継や個人配信の動画を見ている人々には分かった。


 ゼロ戦は試作機のころから愛知の工場で作られた後、各務ヶ原やこの九尾市にある(2040年現在は自衛隊が使っている)飛行場まで運ばれて試験飛行、あるいは配備先の航空基地に送られたのだ。


『……ゼロ戦、零式艦上戦闘機は、三菱の工場を子宮として育まれましたが、その旅立ちは終戦に至るまで、各務原と、この九尾の飛行場でした。そのゼロ戦の旅立ちを百年後の今日、再び祝えることは九尾市にとって大変意義深いことであり、九尾市民の誇りであります! 月面に基地が作られ、人類の火星到達も夢ではない今日、その飛翔の意味は大きく夢のある事に違いありません。よって、九尾市市長天野明里は、ここにゼロ戦生誕100周年フェスティバルの開会を高らかに宣言いたします!』


 ウオオオオオオオオオオオオオオ!!


 会場は、半年前ヨコアリで行われたアカリン引退ライブ、いや、それ以上のノリになってきた!


『ありがとうございます天野市長。お待たせいたしました、それでは市長の開会宣言に続きまして、ゼロ戦隊の展示飛行に移ります。滑走路にご注目ください、まずはAI操縦に寄りますラジコンゼロ戦100機の編隊飛行です!』


 ウィーーーン ウィーーーン ウィーーーン ウィーーーン ウィーーーン


 縮尺1/10のゼロ戦が三機ずつの小編隊になって次々に発進。たちまちのうちに丘の上空で大編隊になると、さまざまにフォーメーションを変えて九尾の空を飛翔する。

 続いて1/6、1/4、1/3、のゼロ戦も飛び立ち、九尾の上空は二百に近い模型のゼロ戦が飛び回って、雰囲気を盛り上げる。


「え、本物?」


 次に滑走路に現れた三機は、それまでの電気モーターの甲高い音ではなく、轟々としたエンジン音、そしてなによりも、その大きさで、多くの観客は千早同様に本物と思った。


「いや、エンジンが栄の音じゃない……」


『実機に見えていますが、これはウクライナ製のレプリカゼロ戦21型で……』


 その次に飛び立ったのは、少し短足で微妙にずんぐりした不器用そうなレプリカ。


「あ、『トラトラトラ!』に出たレプリカのゼロ戦だ!」「テキサンのゼロ戦!」「なんかかわいい!」「これも文化財だ!」「見ろ機体番号!」「初号機だ!」


 他のファンたちのようにマニアックな声援はあげられないが、真打登場の前に「すっげー!」を連発の貞治。


 それに引き換え、千早は少し飽きてきて、駐機場の屋台の方に気を取られてきた。


「ああ、やっぱり焼きそばは屋台に限るわねえ……ソースの焦げる匂いたまら~ん(^_^;)」


「お、次、いよいよ本物だ!」


『いよいよ真打でございます。スミソニアン博物館からお借りいたしました52型、ご注目ください。これは、なんとエナーシャで発動機を起動させるところから始まります!』


 キュウィ~~~~~~ン キュウィ~~~~~~ン キュウィ~~~~~~ン


 整備兵に扮したスタッフが、重そうにエナーシャで起動すると、ブルンとうなりを上げてプロペラが回り始め、操縦士が「コンタクトォ!」と叫ぶと、その回転音は一オクターブ上がって、52型は滑走路に侵入。


 ブォーーーーン!!


 そして一気にブーストをかけると、いつのまにか居なくなったラジコンやレプリカのゼロ戦に変わって九尾丘の空に8の字を描いた。


「さあ、次は着陸! 場所取りに行くぞお!」


「あ、その前に焼きそばぁ! 綿あめも食べたいしい!」


「なに言ってんだ、ゼロ戦が先だぁ!」


「あ、もう~! 貞治ぃ~!」


 ファンの群衆に混じって滑走路の先を目指す貞治。その群れにシブシブ千早が付いて走る。


 春には珍しく澄み渡った群青の空の下『千早 零式勧請戦闘姫』の物語が始まった。




☆・主な登場人物


八乙女千早          浦安八幡神社の侍女

八乙女挿(かざし)      千早の姉

来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子


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