第14話 オペレーター会議
通信用の暗号回線が開かれた。画面には音声のみが流れる。
『コードネーム・アルファ、オペレーター・アダム、応答』
『コードネーム・ビルド、オペレーター・ブラボー、応答』
『コードネーム・キャスター、オペレーター・チャーリー、応答』
『コードネーム・ダイバー、オペレーター・デルタ、応答』
『コードネーム・エコー、オペレーター・イージー、応答』
順に通信が確立されていく中、最後の二人――フォックスとギフトの担当オペレーターからは応答がなかった。
『……通信応答、未確認。フォックス、ギフト、現在不参加』
会議は予定通り始まった。議題は、テスターたちの記憶差異について。
『最初に報告する。アルファについてだ』とアダムが語り始める。
『アルファは、自身が訓練兵器であり、あらゆる戦闘訓練に参加してきたことを記憶している。しかし、前回以前の“ガンインセクト”に関する記憶は完全に欠落している』
次いで、ブラボーが応じた。
『ビルドも同様だ。“ガンインセクト”という名称には反応がなかった。ただし、彼女は自分が調整体であり、意図的に作られた存在であることを強く自覚している。記憶があろうがなかろうが、それが変わることはないだろう』
『キャスターについては……』とチャーリーが声を潜めた。
『自分が“テスター”であること、それだけが彼女の核となっている。それ以外の記憶は希薄。言い換えれば、自分が誰かという問いに、テストと任務以外の答えを持っていない』
デルタが続ける。
『ダイバーもキャスターと同様。過去の戦闘記録は保持していない。訓練の記録すら曖昧で、行動パターンとして反復学習している節がある』
『エコーについては、本人が語った通りだ』とイージーが補足した。
『汎用型であるため、記憶耐性が高い。過去の任務、実験兵器との交戦、前回のガンインセクトに関する記憶も保持している。保持率は不明だが、断片的ではなく連続的だ』
一同に沈黙が落ちる。
アダムが慎重に言葉を選びながら話し始めた。
『問題は、なぜこのような記憶のばらつきが生じているか、だ。明らかに個体ごとに運用の方針が異なる。これは設計段階の違いなのか、それとも後天的な影響か?』
『それ以上に――』とブラボーが続ける。
『今回の“ガンインセクト”は、エコーの記憶を基に設計された可能性がある。だとすれば、彼女の保持記憶が逆に危険因子となるかもしれない。ギフトに模倣されるという前提がある限り』
『しかし、模倣されてもエコーはそれを上回っていた』とチャーリーが小さく呟いた。
その言葉を契機に、議題は次の段階へと移行した。
『それが、我々の次の問題だ』とアダムが静かに言った。
『なぜ、エコーはギフトを圧倒できたのか? 過去のガンインセクトでは、あの汎用型にそこまでの性能は確認されていない』
『汎用型のスペックでギフトを凌駕するなど、理屈に合わない』とデルタが言う。
『フォックスが、エコーに興味を示した……それも異常だ』とブラボーが付け加えた。
『フォックスが他のテスターにあれほど関心を持つなど、前代未聞だったはずだ』
沈黙の中、イージーが口を開いた。
『理由は単純だ。エコーは、汎用型だからこそ努力というパラメーターを持っている』
『努力?』とチャーリーが呟く。
『我々のテスターは、すべて設計通りに育成されている。努力などという、不確定な要素が存在する余地はない』
『だからこそ、汎用型なんです』とイージーは重ねた。
『戦闘特化や専門特化のモデルと違い、エコーには「余白」がある。未定義の領域を、本人の反復と意志によって埋めることができる。その誤差が、結果的に“努力”という形で反映されるのです』
『それは、言い換えれば偶然の産物だろう』とアダムが静かに否定する。
『設計外の性能向上は、統制不能の兆候だ』
『同意する。テスターに“努力値”があるなどと認めれば、それはもう実験の枠組みを超えている』とブラボー。
それでもイージーは反論しなかった。ただ、ひとつ息を吐くように言った。
『けれど、その偶然が、ギフトを超えたのだとしたら?』
再び沈黙。
記憶という不安定な土台の上に立つテスターたち。
その中に芽吹いた、一粒の意志。
それが“偶然”なのか、それとも“変異”なのか。
今は、まだ誰にもわからなかった。
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