潜水艇エンド

ぽんぽん丸

ダンブルドアは怒らない

まさか新婚なのに潜水艇エンドだなんて思わなかった。サンゴ礁と沈没船を間近で見るツアーはドキドキに満ちていた。


南洋の鮮やかさを体験しながら潜水艇は進む。アロハシャツが似合う陽気な現地人は3人の密室空間をむしろ楽しいものにしてくれていた。


彼が「ニモだらけ」って私に笑うと、運転手はたぶんファイン・ディング・ニモの曲を陽気に再現してくれた。正直曲のイメージがなくて、おそらくだけど運転手のコミュ力からニモの曲で間違えないと思う。


エンディングの訪れは沈没船が沈む深いエリアに着いた時だった。


運転手が胸を押さえて死んだ。発作的に体を暴れさせて、潜水艇は安定を失いむちゃくちゃな動きをした。もう操作はきかない。


潜水艇は逆さまを向いて、鮮やかでキラキラした海に別れを告げた。


私と彼は光の届かない海底へとさっきまで陽気だった死体と共に沈んでいる。


きっとこの潜水艇を魚はグラスに落ちる角砂糖みたいだと思っただろうな。さっきまで美しかった窓は光を失ってただ真っ暗になっていく。ブラックコーヒーみたいに黒い。涙とか絶望とかでゆらゆら見えるのも砂糖が溶けてるみたい。


わかったことは、助けが来るまで酸素が持たないかもしれないということ。


彼は「酸素を大事にしよう」とだけ言って2人は沈黙している。


英語の無線は私には何と言っているのかわからない。彼はある程度わかるはず。でも助かるとか、何も言わないのだから、きっとそういうことなのだろう。


抱き合って過ごしていて1つ気付いたことがある。彼は呼吸をしていない。


残りの酸素を私のために残して死ぬつもりだ。2人が助かる分の酸素は確実にない。


もしかする、私1人分の酸素も。それがあるのなら彼は説明するはずだ。


彼は呼吸をやめたせいでついに気を失った。力を抜けた彼を支えているとこんな重さだったなと、彼と体を重ねたことをぼんやりと思い出す。そこで、私は潜水艇のハッチを開けることに決めた。


私のするべきことは残りの酸素を独り占めすることではなく、できる限り彼と同じタイミングで死ぬことだから。


彼の体を潜水艇の天井だった床にできる限り優しくおいた。私は酸素を吸いながら最後に彼のぬくもりをいっぱいに感じた。もう必要ないんだし彼の体温をいっそぜんぶ吸い取ってやろうと思って遠慮なく抱きしめると、玄関でただいまを言って抱きついた時と同じ苦しい顔をしたから私はいよいよハッチを開けなければと思った。


丸いハンドルに手をかける。海底の温度をしている。海の水のぶん重たい。


私は、ハッチをあける。永遠の愛とか笑っちゃうなと思っていたけど、たったこれだけでいいんだ。案外潜水艇エンドはコスパがよくていいのかも。私達が一緒なら潜水艇エンドも悪くないかもしれない。


いよいよ私は、ハッチをあけた。

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潜水艇エンド ぽんぽん丸 @mukuponpon

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