揺らぐ現実

ヤグーツク・ゴセ

揺らぐ現実


町松は急いで家を出た。

お気に入りの青い時計をつけ忘れたことを思い出した。      

全部嫌になって、一度空を見上げた。空には何もない、何もなかった。



           何もみえなかった。


今日も今日とて、電車に乗って、ロースクールに向かう。山崎が窪寺駅から俺と同じ車両に乗りこんできた。

「うっす!」

「うす」

軽い挨拶の後に気づいた。

そうか...

山崎はもう、いないんだ...。



幻覚か?一瞬、いないはずの山崎がみえた気がしたし、山崎の声が聞こえた気がした。

「俺、疲れてんな」



電車の窓からはさっき見たばかりの空虚な空が広がっていた。ただ、何もない。

山崎がいた頃は、空なんて見る暇もなかった。電車の中では、勉強の話やロースクール内の噂話をして盛り上がった。楽しかった、楽しかったから、窓の外の空なんて見る暇もなかった。



「町松、飯食いに行こ」

「いいけど、町松が外で飯食うの珍しいね。」

「たまにはいいじゃんー」

「じゃあ、どこ行く?」

「山崎の行きたいところでいいよ」

「『熊蜂』は?あそこ蕎麦美味いよ。立ち食いだけど」

「立ち食いかぁ、それならマックでいいんじゃね?」

「それならマックにしよ」


今でも鮮明に覚えてる。電車に揺られながら、山崎との思い出を噛み締める。

懐かしい思い出?

違う、ただの遠い過去だ。そう、強く何度も言い聞かせてきた。



町松は電車を急いで降りた。何かに追われているわけでもないのに、理由もなく急いで車両から降りた。降りた瞬間、誰かとぶつかってすぐ謝った。顔は見てない。


「町松?何してんの?こんなとこで」

「...」

ちゃんと顔を見れば、目の前に、山崎がみえた。

「え?山崎じゃん、」



町松はさっきみたいに、また幻覚かと疑った。

違う、違う、違う、違う。

そうじゃないんだ。現実か幻覚かはもう、どうでもいいんだ。

目の前に山崎が"みえる"なら、それでいい。

「久しぶりだな」

「な!」


町松はゆっくりと駅を出た。そして、空を見上げた。

やっぱり何も見えなかった。

でも、なんとなく、それでいい気がした。

ただ、空がある。ただ町松の頭上に空が存在している。

それでいいんだ。それでいい。






町松は駅からロースクールまでの道をゆっくりと歩いてゆく。

今日は青い時計もしてるし、隣には山崎もいるから、大丈夫だ。


       きっと、いる。














解説


山崎は半年前に引越しをした設定になっています。

町松の隣には山崎が「いる」のかは私にもわかりません。


ありがとうございました。
























        







         







         

















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揺らぐ現実 ヤグーツク・ゴセ @yama0720

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