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「美月さん、大丈夫?」
「ごはん、―――!すみません、ごはんの支度が!」
枕元に聞こえた声に、思わず驚いて跳び起きた美月に、慌てて傍で見守っていた年配の婦人が押しとどめる。
「美月さん、動かないで、あなた気絶したんですよ?」
「え、はい、―――お義母さん、子供たちは?」
目を瞠って何とか起き上がったままベッドに座り直していう美月を、押し留めた婦人が安心させる。
「大丈夫ですよ。大樹も宝も家でちゃんとおじいちゃんと一緒にまってますから」
「あ、はい、―――すみません、晩御飯、…―――って、いま何時でしょう?」
「あわてなくても大丈夫です。あなたは本当にそそっかしいんですからね。お食事の用意は息子がやってますから」
「えっ?それは、そのそれは、お義母さん、…――――」
その言葉にさらに慌てた美月に、婦人がおっとりとナースコールに手を伸ばす。
「そういえば、目がさめたら呼んでくださいといわれてたんでした」
「ええ?あの、そういえば、ここ病院、―――?どうしたんですか?わたしっ!」
「あなたは倒れてこの病院に運ばれてきたんです。いまから看護師さんが来て先生を呼んでくれますよ」
「その、え?倒れた?わたし病気ですか?」
驚いていう美月に、おっとりと年配の婦人が視線を合わせる。
「さあ、どうかしら。何か倒れたとはきいてますけど。先生が診察してくださったらわかりますよ」
「はい、あの、――――…ああそうだ、神尾先生、――――」
思い出した光景に、美月の顔色が白くなる。
遠く、見慣れた発掘現場に敷かれたブルーシートが剥がれて、露わになっていた、…―――。
「美月さんっ?」
再度気絶した美月に、おっとりと慌てながら婦人が再度ナースコールを押す。
「すみません、…、何度も気絶して」
「大丈夫ですよ。頭も打ってませんし、直後にみていただいた滝岡先生の診立て通り、特に異常はありません。もう安静にして時間もみましたから、これで家に帰ってもらってもいいですよ。それから、あまり今回のことについては考えないようにして、今夜はご家族も気をつけて刺激がないようにしてはやく休んでください」
「ありがとうございます」
愛想の良い医者が、美月の頭部他を診察して、血圧を測り、最後に安心させるようにしていうのに。
付き添いの婦人――美月の義母が丁寧に頭をさげる。
「ほら、美月さん。帰っていいのですって」
「ありがとうございます、―――。」
退出していく医者に、まだ病院のベッドに寝かされていたことも信じられない心地でいる美月に義母が促す。
「ほら、もう行きましょう。病院なんて長居しないに越したことはないですよ」
「はい、お義母さん、―――すみません、その、本当に」
「大丈夫です。それより、車は警察の方が運んだとかいってましたから、―――。みさきに迎えにきてもらおうかしら。」
「ええと、車を警察が?」
「そうしようかしら、連絡してみるわね?」
病院のベッドに座って、まだ茫然としている美月に義母がさっさと連絡をしている。
そういえば、お義母さんっていつもおっとりしてみえて、行動力抜群っていうか、…―――ええと、そんなことを考えてる場合じゃないよね?
警察が車?神尾先生達は?それに、―――と考えだして。
「あ、そうだ!仕事!連絡しないと!」
車は美月の通勤車だが、何にしても仕事中に倒れて病院に運ばれたことを報告しないと、と思い出して携帯を探して美月が焦る。
「あの、お義母さん、わたしの携帯知りませんか?」
「バッグならそこよ?…ああ、あなた、みさきに代わってくれる?美月さんが起きましたからね、迎えにきてほしいの、――そう、車は何か警察の方がもっていったのですって。それに、倒れたばかりの美月さんに運転させるのは危ないでしょう?あら、ええ、そうよ、病院まできてくれるかしら」
「あの、すみません、如月です!その、…わたし倒れたらしくて、――そういえば、この病院、名前わかります?」
パニックになって義母を振り向く美月に、携帯の向こうから声がしている。
「―――事情は警察からきいてるから、…―――あとで、何か訊きにいくからといってたよ、―――美月くん?」
「ああええと、病院の名前っ」
「神楽坂病院ですよ、迎えに来て頂戴ね」
「神楽坂病院だそうです!すみません!仕事中に倒れて!」
「落ち着いて、美月くん。もうそれはこっちできいてるから、今日は帰って身体を休めて、――何ともなかったんだよね?」
「はい?あの、はいっ!無罪放免ですっ!」
思わず勢いよくいった美月に、義母がおっとりと驚いた視線を向ける。
「あ、その、…すみませんっ、警察とか聞いてたから、つい」
頭を掻く美月に、携帯の向こうから笑う声がする。
「元気そうでよかった。とにかく、くれぐれも気を付けて帰ってください」
優しい上司の声に、美月が思わず涙ぐみながら頭を下げる。
「すみませんっ、…ありがとうございますっ!」
勢いよく頭をさげて、ベッドの脇にぶつけそうになった美月に義母がはらはらと視線を送る。
「あなた、ここで頭をぶつけて入院になったらどうするの」
「あ、はい、すみませんっ、…!」
また勢いよく頭を下げて、ベッド脇の簡易クローゼットに頭をぶつけそうなり思わず固まる美月に。
「困ったひとねえ」
おっとり、義母がいった処に。
「意識を回復されたと聞いてきたんですが、―――お話を伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい?」
振り向いた美月と義母に、丁寧に病室の開いている扉の前で伺う声がした。中高年といった年配のはっきりわからない男性が病室の外にそっと声を掛けるのに。
「警察のものです。今回、どういった経緯でご遺体を発見されることになったのか、お話を伺いたいんですが、―――」
再度気絶しそうになって、両手で顔を頬を押さえて、美月が何とか意識を失うのをこらえる。
「あなた、また気絶しそうになるなんて」
「くせになるみたいですね、…。すみません」
「死体なんてそう何度も発見するものじゃないから仕方ないさ。っと、ごめん。大丈夫?」
迎えに来た夫が、助手席に座る美月が蒼白な顔になるのをみて訊ねる。
「だ、大丈夫っ!…けど、しばらくその話は話題にしない方がいいかも」
「気絶がくせになっては困りますものねえ」
「かあさん、―――いや、いいんだけどさ。そういえば美月、後で家に警察の人が事情をききにくるっていってたけど、大丈夫かい?後日にしてもらった方が」
「え?警察?」
「あら、それならもう病院で聞いてもらいましたよ、みさきさん」
「そうなんですか?」
車を出しながらいう夫に、美月が蒼い顔になる。
「おい、大丈夫か?」
病院の駐車場から出しかけた車を止めて夫が訊ねる。
それに。
「じゃあ、あの、…―――病室できいてきた人は、誰?」
「誰って、警察の方でしょう。そう名乗ってましたよ?」
「お義母さん、――」
「かあさん、…――美月、警察手帳は?みせてもらったんだよな?」
「え?あの、――どうだったろう?え?え?」
「どうだったかしら?手帳なんてみせてもらったかしらね?」
「―――病院に確認しよう、警察にも、―――戻りますよ」
「はい、あの?え?どうして?…――――?」
パニックになっている美月に夫が訊ねる。
「どうしたんだ?」
「その、…わたし、おしえた」
「なにを?」
「住所とかね?聞かれたから、何か用紙に書きましたものね。お役所仕事は、こんなときにも何か書類とか多いものだとは思いましたけど」
母の言葉に、夫が蒼褪める。
「美月、つまり、住所を教えたのか?」
「家族構成も聞かれて、ヘンだなとは思ったんだけど、こたえた、…―――こどもが二人いるって、どうしよう、…!大樹!宝!」
「まて、つまり、―――」
車を止めて突然ドアをロックして、携帯を取り出すみさきに母が訊ねる。
「あなた、どうしたの突然?病院に戻るんじゃなかったの」
「警察に連絡します、――――110番ですか?妻が、警察を名乗る人物に住所を教えて、―――」
「どうしよう!はやくもどらないと!」
「美月さん、どうしたの。みさきもあわてて、―――なにがあったの?」
「だからお義母さん、さっき話をした人が警察の人じゃなくて、住所とかこどもがいるかとかきかれて、―――どうしよう!大樹たちに何かあったら!」
パニックに陥っている美月に夫が振り向いていう。
「落ち着いて!――そうです、観法寺遺跡で死体が発見されて、妻はその発見者だったんですが、退院するというときに、病院に警察を名乗る、―――性別は?男か?」
「うん、男の人、中年かな」
美月を落ち着かせると警察に答えて、夫が警察を名乗った人物の性別をきく。それに思い出しながらいう美月にその答えを伝える。
「警察を名乗る男が、妻に住所と家族構成を聞き取っていったそうなんです。―――はい、はい、こちらはまだ神楽坂病院駐車場です。車のドアはロックしてます。はい、――」
警察と会話している夫をみて、パニックになりながら美月が義母を振り向く。
「どうしよう?どうしましょう?…大樹たち、宝、―――どうしよう!」
「落ち着いて、美月さん」
「…お義母さん!」
パニックに陥った美月が母に抱き着いてなだめられているのを、警察の指示を聞きながらみさきがバックミラー越しにみる。
「すみません、緊急招集が掛かりました。調査は後にしてもらえますか?この現場には警察官を呼びますので、待機していただいて、―――」
警察無線を受けていた仲間が慌てて神尾達に調査の中止を申し出るのに、関と滝岡が歩み寄る。
「どうした?調査を中止するのはいいが、何があった?」
「あ、その、――」
関が刑事であることを思い出して仲間が意を決した顔をする。
「この現場で死体を発見された如月さんがいた病院に、警察官を名乗る男が現れて、住所等を聞き取っていったそうなんです」
「―――現場は?近いのか?病院にいる如月さんの安全確保は?」
「行っています。自分達は現場に近いので、急行するようにと命が下りました」
「同行しよう」
「わかりました。神尾先生と滝田先生は、ここで警察官の到着を待ってもらってもいいですか?もう、この周辺を封鎖してる担当が来るはずですから」
「おれも行こう。いいかな?」
「滝岡、――わかった、連れて行こう。こいつはこれで医者だから、現場で役に立つかもしれん」
関の言葉に一瞬滝岡を見直して、仲間が頷く。
「飛ばしますよ」
パトカーに乗りサイレンを鳴らす選択をして。
赤いランプが点灯してサイレンの音を響かせながら、二人の警官と関、滝岡が乗るパトカーが飛び出すようにして走り出していく。
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