7 金沢


「はじめまして、神尾さん、ですか」

「それと、滝岡です。この度はお忙しい中、お時間をいただいてすみません。如月さん」

「いいえ、こちらこそ、微物の分析にわざわざ来てくださって、―――。ありがとうございます」

埋蔵文化財センターは、金沢市の奥まった地にその敷地が設けられている。金沢駅からタクシーで来たという二人に恐縮しながら、美月はセンターの駐車場を案内しながら歩いていた。

「遠かったでしょう。駅から離れていて、―――お迎えにいければよかったんですが、申し訳ありません。」

「いえ、こちらこそ。わがままをいって、現地を見たいという希望を出したのはこちらですから。しかも、車を出してくださるなんて、却って申し訳ないです」

涼やかな笑顔で謝る神尾に、緊張しながら車へと案内して背を向けて速足で歩きながら美月がいう。

「そのくらいは当然ですから。それに、ここからだと、此処事態も不便なんですが、現地へは車以外で行くのは難しくて。気にしないでください」

「はい、お言葉にあまえて。お願いします。ありがとうございます」

頭を下げる神尾に、その隣を歩いていた滝岡もうなずいて礼をいう。

「ありがとうございます。神尾が無理をいって」

「いえいえ、ですから、…――――。どうぞ、乗ってください」

「はい、ありがとうございます」

神尾が礼をいい、滝岡が一礼して二人が後部座席に収まるのをみて運転席につきながら、美月がバックミラーを見て思う。

 ―――どうしよう、…!こんな綺麗なっていうか、ハンサムっていうか、滝岡さんは少しこわそうだけど、背が高くてハンサムだし、…―――。それに、神尾先生って!

初対面で涼しい笑顔で御礼をいう神尾に、こんな綺麗な人がいるなんて、とすっかり緊張して舞い上がってしまった美月だ。いまも、雛人形のお内裏様にいそうな、和服姿が似合いそうな、あるいは、雛人形か何かで見た、弓矢を構えて片肌脱ぎで馬に乗り流鏑馬をしたハンサムな人形を思い出させるような。古風で着物が本当に似合いそうな神尾の姿に、内心地に足がつかずに舞い上がったままになっている。

 ―――安全運転にしないとっ、…。

現場までは、埋蔵文化財センターからは地元でいう山環――山側環状線という、金沢市の山側を環状に通り運輸などの便が良くする為に造られた道をいくのが早い。近年整備されたこの道は、高速で運行する車が多く、流れがはやい為、運転にはより注意しなくてはならないのだが。

 気を引き締めて、美月が後部座席の二人に確認する。

「シートベルト締められました?」

「はい、締めました」

「ありがとうございます。最近法律が変わりましたからね」

「ええ、…では、出発します」

「お願いします」

穏やかにいう滝岡の声に、美月がぼーっとしかけて瞬いて首を振る。

「如月さん?」

「ええと、…。観法寺遺跡は、いまから通る山側環状線に近く、――――」

緊張を誤魔化そうと説明を始める美月に、二人がうなずいて聞き始める。





 関は何ともいえない顔でその報告を聞いていた。いや、報告というか、連絡というべきか。いずれにしても、見事な事後報告だったが。

 事後報告、―――つまり、先日、といっていいほどまだ時間は経っていないが、―――横浜で容疑者として捕まり、さらに。

 ようやく身請けをしてきた神尾が。

「金沢に、…行った?滝岡と一緒に?何でだ?」

思わず茫然とくちにするのは。力が抜けて滑り落としそうになりながら、一応手にしている携帯――ちなみに、二つ折りの旧式の携帯電話だ――に届いていた連絡につぶやく関だが。

 それに冷たい視線を投げて、後輩である山下が云う。

 車内で捜査情報の交換をしていた山下が、関の携帯にあった着信に気づいて、入っていた伝言を聞かせたのがつい先程。

「先輩、携帯に来てる連絡を受けないからいけないんですよ?一応、三日前には連絡がきていたんじゃないですか。それにしても、…まあ」

「いうな。今回だって、容疑者になって捕まるとは限らん」

「―――その可能性もありますね、確かに」

「…――――」

淡々といいながら車を出す、小柄でかわいらしいといわれる容姿の山下を関が無言で見返す。

 冷淡にみえる無表情で山下が見返して。

「先輩、…。請け出しにいくのなら、経費を使わずに、時間外に私費で行ってきてくださいね?経費では落ちませんから」

「山下、…」

神奈川県警捜査一課で、何故か課長よりも権限があるといわれている経理を一手に握る後輩の刑事、山下が。

 小柄でかわいいと婦警達に評判の容姿と異なり、実に。

「なんですか?」

「いや、…。わかった」

抗議するのをあきらめて、額に手を当てて目を閉じる関に。

「とりあえず、その二人についていろという指令を無視して捜査を続けてるんですから、あちらのことを気にするのはやめて、結果を出してください。僕も、命令違反に協力して動いてることになってしまってるんですからね?」

「…感謝はしてる。―――しかし、金沢か」

「どうしたんですか?」

「…いや、どうもな。…金沢違いかと思ってたんだが」

歯切れ悪くいって頭を掻く関に、山下が首を傾げる。

「どうしたんです?めずらしい」

「ああ、…な。どうも、な。行く必要があるかとは思ってたんだが、…。金沢に」

「それは、近場の金沢文庫ではなくて、もしかして今回、滝岡先生達がいっておられるという金沢ですか?北陸の金沢で、北陸新幹線に乗り換えていく」

「…その金沢だ、―――」

「経費は落ちませんから」

ちら、と山下をみる関に、言下にきっぱりと何かいう前に否定する。

「…山下、――」

「ダメです。自費で行ってください。どうせ、まだ証拠とかもなく、刑事のカンが理由だとかいうんでしょう?」

「…証拠をつかみにいくんだから、当然じゃないか」

「領収書はとっておいてもいいですが、無駄ですからね」

「―――山下っ、」

「ダメです。ついでに神尾先生の状況も把握できるなら、一石二鳥じゃないですか」

「…――――山下」

「経費は降りません。後、できれば有休を申請して、溜まってる分を消化していってくださいね?」

「有給取得用途を強制するのは、法律違反だぞ?」

「改正されますね、確か。でも僕、先輩の上司じゃありませんから。強制なんてできませんし、パワハラとかでもありませんからね?」

「―――――おまえな?」

「新幹線には、新横浜から行けますよ。乗り換えは一回で行けますから。下手に費用をけちらないで、さっさと時間を節約して行って帰ってきてください。移動する時間は無駄ですから。事件を早期に解決する為にも、費用が私費である限りは、ケチらずにお願いします」

「冷たいぞ、山下、…」

「事件解決にはスピードが命ですからね。時間が経つにつれて失われる証拠は増えるんです。時間との戦いですから」

「それ経費掛かってたらどういうんだ?」

「勿論、費用対効果を計って考えます。先輩、次の新幹線に乗れば、乗り換え五分で北陸新幹線に乗れますよ?」

「おまえな?」

山下がスマートフォンの画面で示す乗り換え時刻表に関が顔をしかめる。

「時は金なり、です」

「…――――」

無言で、関が苦虫を噛み潰したような顔で山下を睨んでから、ドアを開けて大股で車から出て行く。

 山下が車を運んで新横浜駅の傍に着けていたのに複雑な表情のまま関が駅へと走り込んでいく後姿をしばし見送って。

「まあ、先輩の本来の任務からいえば、神尾先生達を警護とかしてるといえば、経費落ちるとは思いますけどね」

でも、昨今経費削減が至上命題ですから、と。

車を出しながら、淡々と思う山下である。

 かくして。





「こんにちは、神尾先生」

「―――関さん?どうしたんですか?」

「関、おまえどうしたんだ」

黒づくめで般若のような顔をした強面の長身痩せ型の関が仁王立ちで迎えるのに、神尾が驚いた声を上げていた。

 滝岡も驚いているが、何よりも。

「…そ、その、お知り合い、ですか?」

長身痩躯の関は、剣呑な人相に黒づくめのスーツに外套姿が迫力があり、思わず美月がおびえた声でいうのに、気づいて滝岡が頭を下げる。

「すみません、こいつはこれでも刑事で、―――関、おまえも人を驚かすような登場の仕方はするなといってあるだろう」

「何をいってるんだ、誰が人を驚かせた?それより、それはこっちがいうことだろう。人に黙って勝手に横浜から金沢に動きやがって」

「黙ってはいないぞ?ちゃんと伝言をした。おまえ、また連絡したのにきいてなかったんだろう」

「うるさいな、だから、―――」

子供の喧嘩のように言い合いを始めた滝岡と関に驚いている美月に、神尾が二人に構わず、かれらを背に割り込んで。

「遺跡と微物の見つかった現場をみせてもらえますか?」

「はい、神尾先生、―――」

神々しいような美貌で、にっこり微笑んでいう神尾に、美月が目を瞠りながら思わずうなずく。

 神尾の背後で、関達が続けている。

「だから、おまえに一応断って行ったろう」

「それはわかるが、なんだって金沢なんだ!この間保釈されたばっかりだろうが!」

「保釈じゃない、釈放だ。容疑は晴れて解放されたんだから」

「細かい用語なんてどうでもいいだろ!第一だから、…―――なんで、神尾先生とおまえがわざわざ金沢まで来てるんだ!」

美月が二人の会話に目を瞠っていると。

「構わずに行きましょう。時間もありますから」

「そ、そうですね、…」

迫力のある関と身長もあり、これもまたハンサムだが迫力がある滝岡と。

二人共同じくらい背が高く迫力のある同士が怒ったように会話しているのにまったく動じずに遺跡に案内してください、と笑顔でいう神尾。

 ええと、その、――――。

「はい、こちらです」

 この三人の関係は、とか。保釈とか釈放とか、一体なんの話?とか。刑事だという痩身の関は一体何者で何故此処にいたのか、とか。

 色々な疑問符を全部うっちゃって。

 ―――確かに、業務時間内に終わらせないと、子供たちを迎えにいく時間が。

春休みに入った学校に保育園とあわせて子供たちを動物園に連れていってくれている義母たちが帰ってくるのにあわせて帰宅しなければ。

 ―――晩御飯も作らないといけないんだった。

気になる美形の神尾とハンサムな滝岡、そして般若顔の強面の関。かれらが何でもめていて、とか気になることは多すぎるが、動物園から帰ってくる子供たちと、連れて行ってくれている義母たちに対しての義理が優先事項なのは確かに動かせない。

 時間は守らないとっ。

思いながら、美月が周囲に注意して、神尾達に足許をよくみるように促す。

「足許に気をつけてください。この辺りは滑りやすくて、――山自体が崩れやすい地質だそうなんですが、先日から雨が多くて、地盤が緩んでいる処もあるそうですので、―――」

郷土史家の古木と訪れる予定だった遺跡の窯跡へと神尾を案内しながら、美月はふと思っていた。

 ――あんな処のブルーシートがめくれていただろうか?

遺跡は、仮の保存、というか処置として、発掘した後をブルーシートで覆い風雨などから保護している。

 ――風で留めてた処が外れたかな、…後で直しておかないと。

本当に仮の処置の為、この処の春の嵐と呼べる強風や雷等で、外れたのかもしれない、と。

 足許に気を付けるよう再度神尾達に促して。

 どうやら、ケンカはやめて神尾の後についてくることにしたらしい滝岡と関の二人にも少しばかりうわの空で滑る足許に注意を促して、窯跡に向かっていた美月は。

「え、――――?」

 神尾が解析したという微物は、発掘された際に出てきた陶器等の年代を解析できればという希望があって、遺物に付着していた泥などを提出していたものなのだが。

 ブルーシートが捲れている。

 不思議そうな顔で、何をみているのかわからずに美月は無防備にそれへと近づこうとしていた。

 発掘したときに、あんなものは、―――――?

「まて、そのまま動かずに。こちらを向いて」

「え?」

突然、低い声がいって、肩を止める手に美月は驚いて振り向いていた。

 強面の関が、本当に恐い顔で目の前、何かを見据えるようにみて、美月の肩に手を置いて留めている。それに、滝岡が穏やかな表情で、ゆっくりと話しかける。

「そのままこちらを向いていてください。そう、関、こちらへ連れてきて」

穏やかな滝岡の声に、驚いて見返す。

「あの?ご案内は、…―――その」

戸惑っている美月に、神尾がすたすたと歩きだして遺跡の方へといく。

「あの、神尾先生?…―――?」

振り向いて、いや。

 真っ白な、なにか。

 気を失った美月を、関が溜息を吐いて支え、滝岡を睨んだ。

「そのまま支えていてくれ」

滝岡が美月の脈をとり、119に連絡する。

「ついでに警察を呼んでくれ」

「わかった」

 滝岡が話しながら見る先で。

 神尾が、それに屈み込んでいる。

 それ、―――…土崩れに、現れた土砂の隙間からみえる白いもの。

 関が倒れないように注意しながら美月を支え、厳しい表情でそれを見つめる。

 関にとり、職務上見慣れた、――――。

 滝岡にとっても動揺はない。

 雨による山崩れで露わになった箇所へと、風で止めていたブルーシートが剥がれた箇所にと神尾は膝をついていた。

 人間の遺体、―――…白く露わになっているのは、土に随分と埋もれてはいるが、肩あたりだろう。

 先日来続いた雨で土砂崩れが局所的に起きて、現れたものか。

 関が溜息を吐いて滝岡に云う。

「とんでもないものを引き当てるな、まったく」

「誰がだ」

「おまえだ、他にいるか」

「―――…」

美月を支えながらいう関に、滝岡が顔をしかめて抗議する。

 到着した救急車に滝岡が踵を返して歩み寄り、関を促して迎えにきた救急隊員が運んできた担架に美月を乗せる。

「意識を失っていますが、脈拍等異常はありません。原因は、―――」

滝岡が振り向く視線に救急隊員が山肌が崩れて露わになった箇所を見る。

 神尾が屈み込むその前に、――――。


 山肌から現れた遺体を、滝岡達は無言で見つめていた。








 突然の連絡が入ったのは、数日前のことだった。

 埋蔵文化財センターでいつもの通り仕事をしていた美月は、資料の一つが厄介で分類をどうしようと悩んでいたときに、その電話を受けていた。

「美月さん、電話!内線とって!」

「はい、どちらから?」

「うん、何か、分析依頼出した?その関連らしいよ」

「はーい、ありがとうございます!」

広い同じ部屋の中で、遠い席に座る先輩がとった電話を内線で回してくれていうのに、確認して礼をいって美月が電話を取る。

「はい、埋蔵文化財センターの如月と申します。ええ先日依頼した微生物の解析データが、そんなにはやく出たんですか?」

驚いて訊ねる美月に、実に良い響きの声が応えていた。

「はい、実は先日稼働を始めたばかりのシステムで、試験的に解析を行っていた処、そちらから依頼されたデータに、こちらで解析していた微物とが同じ遺伝子情報を持っているという結果がでたので、ご連絡を。それと、実はお願いがあるのですが」

「ありがとうございます。それで、お願いというのは?」

良い響きに、これで顔もハンサムだったら凄いだろうなーと、思わずミーハーに考えていたら。

 連絡してきた神尾に、思わず妄想していたら、実際は。

 妄想以上って、あるんだなあ、…――――。

 ハンサムを通り越して、実際に存在しているとは思えない美形の人形のような神尾の容姿に。さらに、その隣に背の高い滝岡が、――これまた、神尾も細身でコートが実に似合うが、滝岡もまた鍛えているのはわかるが、細身で格好よくて、内心思わず美月は二人の揃った姿に写真を撮って友人にみせたいっ、という思うのを我慢していたのだが。

 お客さんにそういう失礼なのはしかしだから、ともかく、これは仕事なんだしっ。

思いながら、何とか数日前に電話で依頼された通り、現地の見学をしたいという神尾を、同行者の滝岡と共に車を遺跡まで運んだ美月である。


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