先生、いい加減諦めてください!
@hayama_25
第1話
開いたノートの端をそっとなぞりながら、ペンを走らせる。
図書館の静寂に包まれ、ただ紙の上の数字と文字に意識を集中させていく。
朝早く、まだ誰もいないこの時間は貴重だった。
廊下の雑音も、授業の合間の賑わいもない。
空調の微かな音と、自分の呼吸だけが響く空間。
ゆっくりと問題を解く。
考えを巡らせ、論理的に答えを導き出す。
いつもなら些細な音でも気が散るのに、今は邪魔されることなく、一つ一つを丁寧に解くことができる。
この静けさは、まるで特権のようだった。
ページをめくる指先がわずかに止まる。
静かな空間の中で、微かな気配が揺れた。
誰もいないはずの図書館。
規則的に並ぶ本棚、静かに積み重ねられた書物、わずかに差し込む朝の光―
すべてが変わらずそこにあるはずなのに、目の前の空気がわずかに動いた。
机の向こう側、椅子が引かれる音。
視線を上げることなく、それを感じる。
背筋を伸ばした姿勢のまま、ペン先を紙の上に置いたまま、ただ静かにその動きを意識する。
誰なのかを確認するまでもない。
こんな時間に図書室へ足を運び、しかも私の正面に座る人など、一人しかいない。
規則正しく並べられた机と椅子の中で、その一席だけが静かに動いたのがわかった。
座る音が途切れ、しばらく沈黙が落ちる。
ペンを指先で軽く転がしながら、どうするべきか一瞬迷う。
無視して勉強を続けるか、それとも先に何か言うべきか。
いや、どうせ向こうから話しかけてくるのだろう。
毎日のことだから、展開はすでに分かりきっている。
そして案の定、その人物がゆっくり口を開いた。
「好き。付き合って」
静寂を切り裂くように、その言葉が放たれる。
図書館の静寂に、この言葉だけが妙に響く。
ペン先がわずかに紙を押し、止まる。
またか。
まるで呼吸をするかのように繰り返される言葉。
聞き慣れすぎて驚くことすらない。
もう何度目の告白だろうか。
この人はまるで飽きることを知らない。
昨日も、一昨日も、その前も、全く同じ言葉を言ってきた。
そして、そのたびに断っている。
学ばない人だと思う。
いや、学ばないどころか、楽しんでいる節さえあるのかもしれない。
心の奥でため息が渦巻きながらも、いつも通り、顔を上げず淡々と返す。
「無理です。ごめんなさい」
視線は机の上、開いたノートに落として、ペン先を軽く動かす。
すぐにページをめくり、次の問題へ進もうとする。
この無駄な会話に費やす時間はない。
「ちょっと、一世一代の告白をそんな適当に答えないでよ」
ペンの動きが止まり、視線をゆっくり持ち上げる。
眉間にわずかに皺が寄る。
一世一代?
何度も繰り返し告白しておいて、それを「一世一代」と言うのはどう考えてもおかしい。
頬を指で軽く押さえながら、微かに息を吐き出した。
「一世一代なんて言ってますけど、毎日告白しに来ますよね」
皮肉を込めた言葉を静かに放つ。
彼にこの皮肉は効くのだろうか。
「そうだよ!?毎日告白してるんだからそろそろOKくれても良くない?このわからず屋」
本気で言っているのか、それとも単なる冗談なのか。
いや、本気なのはわかりきっている。
話すたびに、その熱意がじわじわと伝わってくるからだ。
それが逆に厄介だった。
指先でノートの端をトントンと弾く。
「そっくりそのままお返しします。こんなに断ってるんだからさすがにそろそろ諦めてください」
これほどまでに拒絶しているのに、一向に引かないその姿勢には、もはや尊敬してしまう。
こんなに打たれ強い人間が、彼以外いるのだろうか。
「どうして、俺のどこがダメな訳?こんなハイスペックイケメンなかなかいないよ?」
聞こえた瞬間、ペンを持つ指に力が入る。
自分で言うか、それを。
呆れが頂点に達しそうになるのを抑えながら、静かに呼吸を整えた。
少しだけ目を伏せ、数秒間思考を巡らせる。
どう答えれば諦めてもらえるんだろうか…。
なんて、考える必要はないんだけど。
「先生だからですよ」
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