【中編】とある記憶1/2

ある日、村がひとつ消失した。


その村の名前はカナリア村。村の中央に大樹がそびえ立ち、よくそこにカナリアが来ることから、村人はそう名付けた。


カナリア村は近くに綺麗な小川が流れることから、川魚や綺麗な小川の水で育てる野菜で自給自足したり貿易を行ったりしていた。時折都市部からトラックがやってきて納品をする。ひとりひとり裕福ではなかったが、幸せだった。この少年もまた、幸せだった。


朝は父親の農作業を見に行き、種まきを手伝い、昼は母親が作った昼ごはんを食べ、夕方は祖父や祖母に勉強を教わり、夕食を食べ、母の子守唄で眠る。朝は農作業の他に同じ年頃の子供と遊ぶこともあった。カナリアの木に高く登る競争や、虫捕り、小川で水浴びをしたりした。都会にある派手な遊びは無かったが、毎日楽しかった。


毎日、続くと思ったんだ。


その日は何故か父親は農作業に行かずに村長の所へ行っていた。しかも父親だけでなく村の男連中全員だ。村長の家の向こう側にある広場で、夕方まで帰ってこなかった。父親の笑顔が少ない気がした。

また別の日は隣の家に住んでいるアイラちゃんの父親が大怪我して運ばれてきた。アイラちゃんは泣いていた。すぐに村にいる医者に見せて一命は取り留めたが、しばらくは何も出来ない身体になってしまった。

イノシシ狩りに行ったのでイノシシに襲われたのだと教えられた。今思えば矛盾していた。だって、チラリと見えた傷は噛み傷や引っかき傷ではなく切り傷だったから。その日からまた父親は村長のところに向かうようになった。

それから違和感を覚えたまま2週間がたったある日、今度は見知らぬ人が来た。その人は少年に話しかけてきた。この村で1番偉いのは誰だと、どこにいるのかと。

応えようとしたら隣にいたアイラちゃんが泣き出した。怖い人だ、怖い人だ、と。それを聞いた知らない人はバツが悪そうに頭をかいた。少年は何のことだが分からなかった。近くにいた大人が多少怯えながら村長の元へ案内して行ったのを横目に見ながら、アイラちゃんが泣き止むように抱きしめた。その日はまだ夕方だったが、すぐに家に帰され外出は控えるようにと言われた。すれ違いざまに父親が家から出ていった。その顔は険しかった。家の窓から村入口にある電話ボックスにてアイラちゃんの母親が電話している様子が伺えた。


その日の夜。父親が帰ってこないことを心配しつつ夕食を取っていると大きな地震と人の叫び声がこだました。

それを聞いた瞬間母親は祖母に少年を任すようにいい、祖父と外へ飛び出して行った。少年はなにが起きたのか分からず、祖母にしがみついていた。

そしてさらに叫び声。今度は泣いていた。誰かの名前を叫んでいるようだが聞き取れなかった。窓の外が夜なのに明るくなっている。そして妙に焦げ臭い。火事だ。何かが燃えている。外は断末魔のように声が止まない。幼いながらも感じた。これは恐怖だ。恐怖が体を支配し始めている。


家の扉を強く叩く音が聞こえた。鍵は閉めているが木の家は限界がある。外から開けろ!いるんだろ!という声が聞こえる。恐怖が喉から出てくるような感覚だ。

祖母は少年を近くのクローゼットに押し込めた。すぐに分からないように服の奥に隠れるように言い、私がいいと言う前にでたらいけませんよ。絶対、絶対に!と念を押された。少年は祖母の約束を違えたことは無かった。少年は頷いた。強くしっかりとクローゼットが締められると、祖母は玄関に向かったようだ。足音が遠ざかっていくのが分かった。

人の笑い声と炎が支配する音が、クローゼットの中でも聞こえている。何が何だか分からなかった。少年にはそれが何かというのを理解するのは難しかった。気づいたら悲鳴をあげる叫び声は次第に聞こえなくなっていた。


暫くすると足音が聞こえてきた。


祖母だろうか。そういえば父親も母親も、祖父の姿もみえない。足音はまっすぐにこちらにむかっているようだった。やはり祖母か。祖母に外の様子を聞いてみよう。足音はクローゼットの前で止まった。息を潜めるのが聞こえる。


そしてクローゼットの扉は開けられた。






目の前に置いてある電話が鳴っている。


伏せていた目を僅かに開き、電話をじっと見つめた。ワンコール、ツーコール、スリーコール…なりやむ気はないようだ。ぬっと気だるそうに腕を伸ばし、受話器を手に取る。ゆっくりとそれを耳に当てた。


「交代まであと2時間あるけど」


―第0隊に緊急出動要請です。


電話の向こうの人は随分と無機質な声で答えた。ただ、最初の交代の件には一切触れずに。相手も大して気にしていないのか、言葉を続けた。


「どこ。つか俺一人しかいないけど」


―臨時部隊を派遣します。そちらの指示をとってください。


「はぁ」


―場所はここから西にあるカナリア村という小さな村です。盗賊に襲われているという通報を受けてから既に3分経過しています。


「そりゃまずい。車を出しておいてくれ。その土地を知ってるやつに先導させる」


―かしこまりました。


切られて用がなくなった受話器を起き、相手は立ち上がった。


「さて、行きますか」


そして部屋の扉は開けられた。






祖母じゃなかった。


それに、他にも誰かいた。


「おいおいお前、その子供を殺す気か?」


目の前にいる人が言ったわけではなさそうだ。今何が起きているのか。少年はゆっくり反芻した。扉を開けたのは祖母ではなく、見知らぬ人だった。手には刀が握られており、そこから血が滴っている。人の血などそんなに見たことないが、さすがに本能がそれを血だと認識していた。自分を見つけるや否や、汚い笑顔を浮かべなからそこにいたのか、と言われた。刀が炎の光によって反射していた。殺される。僕はいまから見知らぬ人に殺される。少年は直感した。振り上げられた刀に思わず目をつぶった時だった。


「お前んところの盗賊団は随分派手なことをする。軍に喧嘩でも売ってんのか?」


また声が聞こえたが、これも目の前の人が言ったわけではなさそうだ。後ろにいる誰かの気配に注意しながら見知らぬ人はゆっくりと振り向く。躯体が動いたことにより少年にも向こう側の人が確認できた。


どちらかと言うと青年のような、まだ幼い面影を残した人が立っていた。見たことある服を着ている。あれは…。


「国の犬……」

「犬じゃねぇ」


そうだ。コノクニ軍の軍服だ。胸にたくさんのキラキラしたものがついている。なにかの飾りだろうか。少年には分からなかった。


「またガキかよ、ふざけやがって」

「ふざけてんのはおめーだ。見た目で判断すんな。とりあえずお前らな?殺人、窃盗、放火、死体遺棄、もろもろの罪で逮捕するから。大人しくしといた方が身のためだぞ」


ポケットからごそごそと何かを取り出そうとした時だった。


「余所見とはいい度胸じゃねぇか!」


刀とは反対の腕から何かが飛び出した。ヒュッ、と空を切って放たれたそれは軍人めがけて投げられ、額に綺麗に刺さった。それは投げナイフだった。投げナイフの反動で軍人の体が大きくのけぞり、一歩後ろに下がる形になった。


「…!!」


そのまま体のバランスがおかしくなったのかそのまま仰向けに倒れる。ドサッ、と倒れる。

少年は声を出すことも出来なかった。一瞬のことで軍人が刺されたことを理解出来なかった。でも軍人は刺された。一気に現実味を帯びた時、見知らぬ人はまた汚い笑顔を浮かべながらこちらに向き直る。今度はお前だ、今度はぼくだ!


「さぁ死ね」

「あっ………!!」


今度こそダメだと思った。その時を待った。



…………


死ぬ時は時間の流れを感じないという。ふわふわと無空を漂うと祖母に教えられた。時間がゆっくりになり、それはそれはスローモーションのようだと。だから今振り上げられた刀が降りるまで時間がかかるのだ、きっと。



………




まだ振り上げられない。




…………




まだ無空をさまよっているのか。




…………






声が聞こえた。


「大人しくしとけ、って言ったよな」

「………!!」


先程刺された軍人がそこに立っていた。しかも、まだ額に投げナイフが刺さったままだ。そこから血が滴り始めた。


「なっ……なぜ生きてる!」


見知らぬ人も驚いているようで、咄嗟に少年に向けた刀を軍人に振り下ろした。


「大人しくしてれば刑は軽かったのにな、」


まるで振り下ろす場所を知っていたかのように綺麗に避けると、身を屈め右拳を見知らぬ人の腹めがけて放った。思いっきり右ストレートが決まったのか、見知らぬ人は呻き声をあげてよろめく。軍人は見た目は幼いもののかなりの力があるようだ。自分より2倍の体重、2倍の身長くらいある相手をよろめかせているのだから。

そのまましゃがむと、そのまま身体を回転させ足払いを行う。これもまた綺麗に決まり、見知らぬ人は転倒した。その反動で左手で握っていた刀を離してしまう。軍人は倒れた見知らぬ人の上にまたがり、左腕を強く踏んづけた。


「ここまでやったお前に、一段と刑を重くしてやるプレゼントだ」


左腕を踏む足に力を込めた。ギリギリと骨が悲鳴をあげた音が聞こえる。


刺さったままの投げナイフに手をかけると、ゆっくりと引き抜いた。プシュとそこから微量の血が吹き出し、滴り出した血を袖で拭う。軍人の赤い目と拭いきれなかった血は同じ鮮明な赤色だった。持て余したナイフをくるくると回し、ふと止める。そのまま振りかぶると見知らぬ人めがけて投げた。トス、と綺麗な音がし、右手のひらに刺さる。そのまま右手のひらを貫通し、勢いよく床に刺さった。鈍いうめき声が聞こえ、見知らぬ人が顔を歪めている。右側も動かせなくなった。


「人を刃物で皆殺しにし、家を燃やした。焼け死んだ人もいたみたいだな」


静かに話す軍人の顔は、こちら側からは見えなかった。


「焼ける感覚って、どうだろうな」


軍人は見知らぬ人の上でしゃがみ、こめかみに手をかけた。


「人は焼けると、どれぐらい痛いんだろうな」


こめかみにかけた手が強く握られる。


「おっ…おい!や、やめろ!!やめろ!!」


急に見知らぬ人が怯え始めた。その瞬間、見知らぬ人と軍人の間に淡く光るものが見える。少年からは見えないが、何かがそこに"ある"みたいだ。それは次第に大きくなり、淡い光は強い光へと変わっていく。軍人の顔がみるみる明るくなっていった。まるで血の色のような瞳が見知らぬ人を捉えている。感情が全く読み取れない、まるでガラス玉がくぼみに埋め込まれているような、無機質な瞳だった。


「なぁ、」

「やっ、やめてくれ!許してくれ!ゆるしー」

「お前も味わえ」

「!?」


刹那、真っ白い炎が駆け上がった。




ーーー




少年が気が付いた時には夜は明けていた。どれだけ燃えていたのだろうか。


久しぶりに外に出てみると、家は全て焼け落ちていた。家だったらしき残骸が地面に積み上がっている。一部は炭と化している。それだけ高温で燃やされて、朽ちていったのだ。カナリア村にあった自慢の中央にそびえていた大きな木も、今は横たわっている。無慈悲に折られた木は、わずかに生命活動を残している感じのようだった。色々なところから煙が上がってる。村人の姿は一切見えなかった。

外にいたのは軍人と同じ服を着た人達だけだった。おそらくその人達も軍人なのだろう。


「ごめんな」


すると毛布が少年の肩にかけられた。


「お前しか救えなかった」


しゃがんで少年と同じ目線に立った軍人は、少年に目を向けた。


「お前以外の人間は、死んだんだ。お前は、一人で生きていくんだ」


真紅の瞳が揺れる。


「ここから一番近い孤児院に預けられることになるはずだ」


肩に手を置かれたが、ひどく冷たかった。


「カナリア村は亡くなった、悲しいか?」


軍人にそう聞かれた。


「悲しくは………ないよ」

「悲しくないのか」

「だって僕が生きてるでしょ?カナリア村は死んでない。僕がいるから、死んでないよ」

「お前……」

「家族や友達にもう会えないけど…何をしたってもう帰ってこないから。僕が死なないように頑張るだけだよ」

「そうか」


軍人は静かに相槌を打つ。少年は本当にそう思っていたのかと聞かれると正直怪しい部分はあった。何故軍人にむかってそのように言ったのかは分からない。が、何故かそのようなことを口走っていた。本来の自分なら悲しいはずだ。家族は死んだ、友達も、村民はすべて死んだ。


何故か、恨みよりも希望のほうが大きかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コノクニ @asukaoru_dot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ