第12話 瞑目
七月十八日、午前六時半
僕はいつもより少しだけ早く目を覚ました。夏だけあって既に朝の空は明るい。
僕は自分の意識を少しづつ現実に馴染ませていく。……。なんだか凄く変な夢を見ていた気がする。でもそれが何だったのかまでは思い出せない。
僕はとりあえずベッドから身を起こした。隣のベッドを見てみるとやはりヤナギさんは熟睡していた。僕もそうだけど、昨日殺人が発覚したばかりのこの屋敷でここまでぐっすり眠っていられる彼女の胆力はただものではない。世が世なら王になっていた女よ、とか言われそうだ。
「さて…そんな戯れは置いといてと」
僕は身支度を整えて部屋の外に出ようとした。……と、そこで気が付く。僕が今部屋の外に出るなら今掛けているドアの鍵は開けなければいけない。僕は鍵を持っていないからドアの錠は開きっぱなしになる。それは少しまずい。なんせ僕らは今殺人犯と同じ屋根の下に泊まっている可能性があるのだ。眠っているヤナギさんを鍵が開きっぱなしの部屋に置いていくのは抵抗がある。
「……」
僕は少し考えた結果、ベッドのところにまで戻った。ヤナギさんの肩を揺さぶる。
「ん……なに……?もう朝なの……?」
むにゃむにゃ言いながらヤナギさんが目を覚ました。僕は手短に言う。
「今から僕はちょっと外出ていきますんで、僕が出たらすぐにドアの鍵閉めといてください。あくまで念の為ですけど」
「ん…分かった…」
言質を取ってから僕は部屋を出た。後ろで鍵がかちりと閉まる音を聞く。
「まあ本当に念のためなんだけどな……」
僕には一つの考えがあった。
廊下を歩き、僕らの部屋から少し離れた二階のとある部屋の前まで来る。……そう、白池さんの部屋だ。今はシーツにくるまれた白池さんの遺体が安置されている。
「……」
僕は少しの間だけ目を瞑り、合掌した。
「僕は本当にあなたの事は全然知らなかったんですけどね……」
彼女は僕と出会ってからすぐ、殺された。僕は彼女の事を何も知らないままだ。なのにこんな風に手を合わせて悼むポーズを取っている僕は偽善者なのだろうか。
「……へえ。意外に殊勝なんですね」
振り向くとそこには濡影さんが立っていた。手には箒を持っている。
「……どうも、おはようございます、濡影さん。何か今さらっと失礼な事言いませんでしたか?」
「おはようございます、布施顕人さん。不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありません。……でもあなたはそんな事はしない人に見えたので」
「そう見えましたか?」
「ええ。でも違ったようですね。……あなたはあなたなりに真摯な人なんでしょう。たとえ善意とは無縁だとしても」
「……そうですか」
濡影さんの僕に対する話し方は目に見えてぞんざいなものになっていたけど、僕はあまり気にしなかった。なんせこんな特殊な状況下だ。
「そうだ、濡影さん。一つ聞きたい事があるんですけど」
「なんですか?」
僕は少し考えるような間を空けて聞く。
「あの電気柵っていつ設置されたんですか?」
「電気柵というと、この屋敷の周りを囲んでいる電気柵のことですよね?……割と最近というか一年前ぐらいだった気がしますけど」
「そうですか。……あれって結構メンテナンスとか大変なんじゃないですか?」
不可解そうに眉を寄せる濡影さん。質問の意図が分からないのだろう。
「まあそうですけど、何か有ったら業者さんを呼んで何とかしてもらうので、正直私どもはあまり困りはしませんね。どうしてそんな事を?」
「いえ……大丈夫です。ありがとうございます」
ついでに僕は庭に降りた。草の匂いを肺いっぱいに吸い込む。既に蝉が鳴き始めており、季節としてはこれからが夏本番だった。
庭を一周しようと思って歩き出すと、バラの花壇のところに誰かがいるのを見かけた。眼鏡に銀髪、未来学者の祐禅寺さんだった。
「あ、祐禅寺さん……おはようです」
彼女は僕の方をちらりと見る。
「おはよう、布施くん」
いつも通りクールな感じだ。
「バラを見てたんですか?」
「うん。ついでに考え事をしてた」
会って四日目なのでくだけた喋り方になっている。
「……それは事件について?」
「それもあるけど、なんていうのかな……。そう、やっぱり未来についてだろうね」
「へえ……。そうだ、未来が分かるのなら、もしかしてこの事件の結末も分かったりするんですか?」
祐禅寺さんはやれやれと首を振る。
「まず、私は未来の事を予言出来る訳じゃない……。あくまで予測するだけ。それにいくら近未来と言っても十年や二十年以上未来の事から考えるのが基本なんだから、あと数日以内に何が起こるか、なんて事は分からないよ。占い師じゃないんだから」
「なるほど……。そうですよね。祐禅寺さんはあくまで学者であって超能力者じゃないですもんね」
祐禅寺さんはうなずく。
「そう……そうだね。結局人間には未来の事なんて分からないのかもしれない。それは神の領域だから、ね」
朝食の時間が来たので目を覚ましたヤナギさんと一緒に食堂にいく。──食堂のテーブルには白池さんを除くお客さん全員が揃っていた。
「なるほど、そうか──。決まりだな」
「なんか言った?布施くん」
隣に座っているヤナギさんが怪訝そうに尋ねる。
「ええ。いずれ分かると思います」
今日の朝ご飯は和食尽くしだった。例によってとても美味しい。僕は朝からお腹が空くタイプなのでがっつり食べる。さすがにお客さんはみな言葉少なげだ。
「柳本さん……何か新しい事は分かったかな?この事件について」
円卓の向こう側についた真田氏が尋ねてきた。皆の視線がヤナギさんに集まる。
「あはは、残念ながら私には良いアイデアはないですよ。でも、そうだ」
右隣にいる僕の肩をぽんと叩く。
「こちらの布施くんには何か考えがあるみたいですけど?」
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