第13話 破壊
ヤナギさんの言葉で皆の視線が僕に集まるのを感じる。……まったく、もうちょっと後で言おうと思ってたのに。しょうがない、ここは自分で締めるしかない。
「ええ、まあ……。一つ思ってた事があるんです。でも今はとりあえず朝ご飯を食べちゃいましょうか。舞原さんの料理はとても美味しいですから……。その後で僕の言うことを聞いてください」
食事が済んだ後、僕は皆の衆に声をかける。
「さて……それじゃ一旦全員で庭の方に行きましょうか。……そうだ、舞原さんも呼んできてください」
鴉羽さんが小走りで厨房にいる舞原さんを呼びに行った。わざわざ舞原さんを呼ぶように言った事に深い意味はない。単に彼女もこの屋敷の住人である以上聞かせておいた方が良いと思ったからだ。
鴉羽さんに連れられて調理服姿の舞原さんが出てきた。ちらりと僕に一瞥を与える。相変わらず超然とした態度の人だった。
「さてと、それじゃ行きましょうか」
全員で庭にやって来て、僕は屋敷を取り囲んでいる鉄柵の一角に皆を案内した。えーと、そうだ。今さら言うまでもない事だけど一応おさらいしておいた方がいいか。僕はごほんと咳払いをする。
「えー、まあ皆さんもご存知の通り、このお屋敷は高圧電流を流した鉄柵に取り囲まれていますね。何せ森の中なので、クマだのイノシシだのの野生動物が出てくるのでそれの侵入を防ぐために設置されたと聞いています。……合ってますよね?」
僕は近くにいた濡影さんに確認をする。
「ええ。正確には柵に取り付けてある鉄線に高圧電流を流してあります」
「はい。そして聞いた話だと、ここに流されている電流の電圧は200ボルトに達するそうですね。……確か人間は50ボルトぐらいの高圧電流に触れれば死亡するらしいので、なかなかの電圧ですね」
昨日ネットで調べた情報によると、野生動物は毛皮で体を覆われているからちょっとやそっとの電流では撃退出来ないのだそうだ。この電気柵の電流の強さはそれでうなずける。僕は話を続ける。
「そして昨日と一昨日の間の夜、この屋敷のゲストの一人である白池野子美さんが殺害されるという恐ろしい事件が発生しました……。事件後、真田さんは犯人が僕らの中にいる可能性を指摘しました。なぜならこの電気柵で屋敷が閉ざされている以上、外部犯の犯行は不可能と考えられたからです」
真田氏はうなずく。しかし疑問があるようで僕に話しかける。
「ああ、まさにその通りだ……。でも布施くん、前置きは良いからそろそろ核心のところを説明してくれないかな?君が気付いたことはなんなんだ?」
「そうですね、ではそれをお話ししましょう。なに、簡単なことです」
僕は一歩を踏み出し、前に出た。そのまま柵の方に向かう。
「よく見ててくださいね」
別に大した事ではないのだけど。
がしり。
僕は右手で電気柵に張られた鉄線をつかんだ。
………何事も起こらない。
「えっ……」
メイドのお二人と真田氏が驚いたような声を上げた。ヤナギさんもびっくりしたような顔をしている。
「な、なんで……」
濡影さんが困惑したように言う。そう思うのは当然だ。でも理由は笑ってしまうほど簡単な事なのだ。
「……見ての通り、高圧電流が流れているはずの電気線に触れても僕は感電しませんでした。理由も説明しますよ」
僕は皆を引き連れて屋敷の裏手に周った。
「……まあ、これが理由です」
僕は屋敷の壁に取り付けられた四角い機械を指差した。
「……あっ!」
濡影さんが何かに気付いたように声を上げた。そう、実情はこんなに簡単な事だったのだ。
「これは漏電遮断器ですね。電気柵を家や農場に設置する時にはこれを絶対に付ける必要があると聞きました。簡単に言うと、漏電が起きた時にそれを検知して電流を止める機械です」
一呼吸置いて言う。
「……これ、作動してますね」
僕は電気柵の問題については三つの可能性しかないと思っていた。犯人は電気柵に関わりなく出入りの出来る抜け穴でも見つけたのか、電気柵をよじ登っても平気な装備を持っていたのか、それとも電気柵そのものに電気が通っていなかったのか。僕は三番目が一番可能性が高いと見当を付けた。
「……今朝、濡影さんに聞いてみたんですよ。電気柵はいつ設置されて、メンテナンスはどうしてるのかって。設置されたのは一年前──つまり最近で、メンテナンスは業者さんに任せてると聞きました。ここから僕はメイドのお二人は電気系統については詳しくないんだなというのに気付きました」
だから、漏電遮断器の作動について気付かなかった。
「え、ええ……。完全に盲点でした。私どもが至らぬばっかりに……」
肩を落とす濡影さん。まあ、別に僕は彼女を責める気はないのだ。
「おそらくこれは最近漏電が検知されて作動したんでしょうけど──さて、これでどういう事になりますかね?」
「どういう事とは……」
真田氏が困惑したように言う。
「ええ、そうです。真田さんは電気柵の存在を理由に、白池さんの殺人は内部犯の犯行によるものだと判断していました。……でもそもそも電気柵に電流は通ってなかったんです。これで外部犯の可能性が出てきましたね」
と、その時話を聞いていた大高さんが声を上げた。
「外部犯って……わざわざ外部から侵入してきた人間があんな残虐なやり方で白池さんを殺したって言うのか!?動機はなんなんだよ!」
真田氏も同調する。
「私も疑問に思うな。外部から入ってきた人間がわざわざ白池さんをあんな風に殺すとは思えないのだが。物盗り目当てなら腕を切り取ったりする必要は無いだろう」
僕は両手を上げて二人を制す。
「まあまあ、僕はあくまで可能性の話をしてるんですよ。……今まで外部犯の可能性は1%にも満たなかった。でも電気柵の問題が無くなった事で、それが20%ぐらいには上がったはずなんですよ。動機にしたって、ジェフリー・ダーマー顔負けの本物のサイコ野郎がこの地方を徘徊していたという事もあり得なくは無いはずです。つまり……」
「この事件はもう僕らの手には負えませんよ。警察を呼びましょう」
場に沈黙が立ち込める。僕は内心冷や汗をかいていた。この理屈で通じるだろうか。
──だが、ややあってから真田氏が口を開いた。
「……分かったよ。警察を呼ぼう。ただ、昨日やるべきだった通報を遅らせてしまったから、その辺を穏便にすませる工作をやる必要がある。県警幹部と私が交渉するから、警察が到着するのは明日という事になるだろうな……。ともかく、私たちで事件を解決する必要はもうない」
……皆の間にほっとしたような空気が立ち込める。外部犯の可能性が出てきた事で、もう屋敷内にいる人間を疑う必要が無くなったのだ。なんとなく雰囲気が弛緩していった。
「……じゃ、まあそういう事です。話は済んだので屋敷の中に戻りましょうか」
皆ばらばらに屋敷に戻っていった。僕はその様子を満足げに眺める。……なんとかこの状況を収めることが出来たのだ。
と、急に肩をつかまれた。振り向くとヤナギさんだった。
「……なんでしょう。どうかしましたか?」
ヤナギさんはいつになく真剣な様子で僕を問い詰めた。
「君さ、本気で犯人が外部犯だったと思ってるの?」
僕は思わず微笑んだ。ややあってから答える。
「──まさか。僕は嘘つきなんですよ」
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