第49話 迎え入れる光
ふと目を開けた貞子は、以前とは違う明るく、暖かい空間を彷徨うもう一人の貞子を見つめて言いました。
「ようこそ、私の心の中に」
その言葉に、もう一人の貞子はまるで拒絶するように顔をしかめ、鋭い視線でこちらを睨みつけながら一歩、また一歩と近づいてきます。その瞳の奥底には、今もなお、井戸の底で味わった凍てつくような孤独と、世界への深い憎悪が渦巻いているのが見て取れました。
しかし、その感情とは裏腹に、もう一人の貞子の周囲には、まるで抗うことのできない奔流のように、これまで貞子が体験してきた記憶の断片が次々と溢れ出しました。それは、彼女が想像もしなかった、温かく、眩しい光に満ちた過去の記録でした。
最初に現れたのは、幼い貞子が満面の笑みを浮かべ、両親の優しい眼差しを一身に浴びている光景でした。温かい陽光が降り注ぐ庭で、父の大きな手にしっかりと握られた小さな手、母の柔らかな頬に擦り寄せる愛らしい姿。花々の香りに包まれ、無邪気に笑い声を上げるその姿は、見ている者の心を優しく包み込むようでした。
次に映し出されたのは、賑やかな学舎での日々。屈託のない笑顔で友人たちと語り合い、共に学び、時には些細なことで笑い合う、何にも代えがたい時間。昼休みには弁当を広げ、秘密を共有し、放課後には夕焼け空の下、明日への希望を語り合う。そんな、きらきらとした青春の光景が、まるで鮮やかな絵画のように目の前に広がりました。
もう一人の貞子は、目の前で繰り広げられる幸福な記憶の数々に、息を呑んで立ち尽くしていました。信じられないといった面持ちで、震える手を伸ばし、幻のように現れては消える映像に触れようとします。それは、彼女が永い間囚われてきた暗闇とは全く異なる、温もりと安らぎに満ちた世界。
「な…に…これ…?」
掠れた声が、もう一人の貞子の唇から漏れました。それは、困惑の色であり、同時に、これまで知ることのなかった感情への戸惑いを含んでいるようでした。その瞳には、深い憎悪の奥に、一瞬、揺らぎのようなものが垣間見えました。
もう一人の貞子の反応を見て、貞子は静かに、しかし力強く言いました。
「あなたにも、愛されてた、暖かい人生があった。私にも、辛い孤独があった」
貞子は一呼吸置き、真っ直ぐな目で語りかけます。
「仕方ないでしょ、これが人生だもん!ね、貞子。もう、恨むのは、やめよう。」
そして、貞子は優しく微笑みを見せながら、最後の言葉を紡ぎました。
「梓様がきっとあなたの魂を導きます。もう、恨まなくてもいいんだよ」
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