第21話 迫り来る影


奈緒の異変にいち早く気づいた鳴海は、妹を必死に説得しようとしていた。しかし、かつての優しい面影は消え失せ、奈緒の口から飛び出すのは、冷酷な言葉と拒絶の言葉ばかりだった。

「奈緒、お願いだから、目を覚まして!あなたらしくないよ!」

鳴海は、涙ながらに訴えた。しかし、奈緒は冷たい笑みを浮かべ、姉を突き放した。「うるさいわね。私は、これでいいのよ。あなたたちには、私の気持ちなんて分かりっこない」

鳴海の言葉は、奈緒の心には届かない。貞子の抜け殻が彼女の精神を深く支配し、世界に対する歪んだ認識を植え付けていた。他者は全て敵であり、理解を求めることなど無意味だという、絶望的な考えが、奈緒の心を覆っていた。

一方、大島では、舞子が一人、古老から新たな情報を得ていた。栞は、舞子の手紙を託され、既に博多へと向かっていた。彼女は、そこで貞子と合流し、さらに神奈川に住む沙織と美咲という協力者と共に、ある洞窟へと向かう手はずになっている。その洞窟が、舞子の手紙に書かれた、重要な場所である可能性があった。

舞子は、妹の無事を祈りながら、古老から聞いた、島の南端にあるという、もう一つの「海門」に関する情報を辿っていた。鬱蒼とした木々が生い茂る森の中は、昼間でも薄暗く、足元には湿った土と落ち葉が堆積していた。

その頃、博多のカフェ海猫亭では、貞子が奇妙な感覚に悩まされていた。時折、強烈な焦燥感に襲われ、理由もなく涙が溢れてくる。それは、彼女から分離した影が、奈緒を通じて増幅させた負の感情が、微かに貞子自身にも影響を与え始めている兆候だった。

「貞子、大丈夫?顔色が優れないみたいだけど」

心配そうな葉月の言葉に、貞子は曖昧に微笑んだ。「うん、少し疲れているだけだよ」

しかし、心の奥底では、得体の知れない不安が渦巻いていた。まるで、自分の知らないところで、何か恐ろしいことが起こっているような、そんな気がしてならなかった。

福岡に戻った鳴海は、変わり果てた奈緒を一人残し、憔悴しきっていた。しかし、このままではいけないと、必死に自分を奮い立たせた。妹を救う方法を探さなければならない。そして、舞子に、奈緒の異変を伝えなければならない。

鳴海は、スマートフォンを取り出し、舞子に連絡を取ろうとした。しかし、電波は繋がらず、連絡を取ることができなかった。

(くそっ…!こんな時に!)

焦燥感を募らせる鳴海は、いてもたってもいられず、一人で大島へと向かう決意をした。妹を救うためには、舞子の力が必要だと感じたのだ。

一方、奈緒(を支配する影)は、静かに動き始めていた。その目的はまだ明らかではないが、その冷酷な瞳の奥には、明確な意志が宿っていた。彼女は、かつて自分が苦しんだように、世界を絶望と憎悪で満たそうとしているのかもしれない。

大島の深い森の中で、舞子は、古老の言葉を頼りに、「海門」らしき場所を探していた。その時、舞子は、背後から近づく、不気味な気配を感じ取った。

振り返ると、そこに立っていたのは、見慣れたはずの奈緒の姿だった。しかし、その表情は冷酷に歪み、瞳には、おぞましい光が宿っていた。

「奈緒…!?」

舞子の驚きの声に、奈緒(を支配する影)は、嘲弄的な笑みを浮かべた。「あら、お姉さん。こんなところで、何をしているのかしら?」

その声は、確かに奈緒のものだったが、その奥には、明らかに異質な、冷たい響きが混じっていた。舞子は、目の前にいる彼女が、もはやかつての奈緒ではないことを悟り、背筋に戦慄が走った。

迫り来る新たな脅威。それぞれの場所で、それぞれの運命が交錯し始める。遠く離れた場所で、新たな仲間と共に動き出す栞、異変を感じ始める貞子、変わり果てた奈緒と再会した舞子、そして、全てを知り、奔走する鳴海。事態は、想像を遥かに超えた、破滅的な方向へと進み始めていた。

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