第10話 共鳴する歪み
舞子の問いかけに、鳴海は真剣な表情で頷いた。「あなたたちにできることは、とても大きい。あなたたちの血に流れる力、そして貞子さんが受け継いだ、古の巫女の力が必要なのです」
「貞子さんが、巫女の力…?」
栞は驚いた表情で問い返した。貞子は普通の女子高生として転生したはず。いつ、そのような力を得たのだろうか。
「ええ」
奈緒が静かに言葉を引き継いだ。「貞子さんは、かつて『海門』を封印した際、過去の巫女・羽田梓の願いを受け止め、その力を譲り受けたのです。それは、この地の災いを鎮めるための、特別な力です」
舞子は、貞子から聞いた「海門」での出来事を思い出した。梓の幻影との出会い、そして力を受け継いだという言葉。それが、このような意味を持つとは。
「あなたたちの祖先である羽田の巫女たちは、古よりこの地の災いを鎮める役割を担ってきました。その祈りの力は、時を超えてあなたたちの血に受け継がれています。そして、貞子さんは梓の力を得ることで、その巫女としての力を開花させたのです」
舞子は、貞子の中に時折垣間見える、強い意志と、どこか人を惹きつける不思議な魅力、そして時折見せる悲しげな表情を思い起こした。それは、単なる転生した少女の力ではなかったのだ。
「そして、かつての貞子…」
鳴海は、少し躊躇うように言葉を選びながら続けた。「彼女もまた、羽田の血を引く者でした。強い霊力を持っていましたが、巫女としての力を得る前に、悲しい運命を辿ってしまったのです。その怨念が、あの呪いとなり、そして…抜け殻となって今も彷徨っています」
「かつての貞子は、巫女ではなかった…」
舞子の声には、複雑な感情が滲んでいた。強大な力を持つが故に、救われることなく終わってしまった魂。そして、その記憶の一部が、今も抜け殻として彷徨っている。
奈緒は、その言葉に微かに反応した。彼女自身の過去にも、誰にも理解されない孤独と、抑えきれない感情の奔流があった。かつての貞子が抱えていたであろう絶望と怨念に、どこか共鳴するものを感じていたのだ。その歪んだ感情は、彼女の心の奥底に深く根を下ろし、時折、静かに疼いた。
「ええ。もし彼女が巫女としての道を進むことができていれば、その力は災いを鎮めるために使われたかもしれません。しかし、現実は残酷でした」
鳴海の言葉は重い。過去の悲劇が、今もなおこの地に暗い影を落としているのだ。そして、その呪いの記憶の一部が、抜け殻となって彷徨っている。奈緒は、その抜け殻が持つであろう、深い悲しみと孤独を想像し、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「そして、あの抜け殻には、かつての貞子の強大な霊力の一部と、彼女の悲しい記憶が残っています。貞子さんが梓から受け継いだ巫女の力、そしてあなたたちの血に流れる力は、その記憶に触れ、共鳴することができるかもしれません」
奈緒は、舞子の目をじっと見つめた。「もし、あなたたちがその記憶に触れ、理解することができれば、抜け殻の力を制御し、利用する道が開けるかもしれないのです。そして、もしかしたら…貞子さんの、かつての記憶と向き合う手がかりになるかもしれません」
栞は、依然として不安げな表情を崩さない。「そんな危険なことを…私たちに本当にできるのでしょうか?」
「簡単なことではありません」
鳴海はきっぱりと言った。「危険も伴うでしょう。しかし、もし成功すれば、この地に長年蔓延ってきた負の連鎖を断ち切り、未来を変えることができるかもしれません」
「負の連鎖…」
舞子は、その言葉に引っかかりを覚えた。それは、貞子の呪いだけを指すのではないのだろうか。
「ええ」
奈緒は、静かに頷いた。「この地には、あなたたちがまだ知らない、古からの災いの記憶が眠っています。貞子の呪いは、その災いのほんの一部に過ぎないのです」
舞子と栞は、顔を見合わせた。自分たちが知っているよりも、この地には深く、そして重い歴史が刻まれているようだ。
「実は…」
鳴海は、さらに言葉を続けた。「かつての貞子が封印しようとしたのは、一つだけではありません」
「一つだけではない…?」
栞の声が、再び驚きに満ちたものになる。
「ええ。この地には、古の災いを封じるための、重要な場所が三つ存在します。かつての貞子は、巫女としての力を得る前に、そのうちの一つ、『海門』と呼ばれる場所を、自らの命と引き換えに封印しようとしました。しかし、完全に封印することはできず、貞子さんが梓の力を得ることで、その封印は完成したのです」
鳴海の言葉に、舞子は息を呑んだ。貞子が体験した、あの禁断の記憶と深く関わる場所。その封印には、そのような経緯があったのか。
「そして、残りの二つの『海門』も、今なお、この地のどこかに存在しています」
奈緒は、静かに付け加えた。「それらの場所は、強い霊力を持つが故に、古の災いの記憶が深く眠る場所。もし、それらの封印が弱まれば、再びこの地に災いが訪れるかもしれません」
「残りの二つの海門…」
舞子は、遠い目をして呟いた。貞子から聞いた、梓の記憶。そして、自身の中に流れる羽田の血。そして、貞子が手に入れた巫女の力。それらは、これらの封印された場所と、何らかの繋がりがあるのだろうか。そして、あの抜け殻は、これらの封印と関係があるのだろうか。奈緒は、その抜け殻が、かつての貞子の断片であり、深い孤独を抱えているであろうことを思うと、言いようのない痛みが胸に広がった。
「私たちは、貞子さんの巫女としての力、そしてあなたたちの血に流れる力を使って、残りの二つの海門の場所を特定し、必要であれば、再び封印する必要があると考えています」
鳴海の言葉は、舞子と栞にとって、あまりにも壮大な物語の始まりを告げるものだった。貞子の呪いの真相、そして、この地に眠る古の災い。貞子が手に入れた巫女の力、そして分離してしまった抜け殻の存在。全てが複雑に絡み合っている。
「それが、私たちがあなたたちに力を貸してほしいと願う理由です」
奈緒は、姉妹の不安と決意が入り混じった表情を、優しく見守った。彼女自身もまた、過去の重い記憶と向き合い、この地に再び平穏を取り戻したいと強く願っている。そのために、羽田の血を引く二人の力、そして貞子の巫女としての力は、不可欠なのだ。そして、もしかしたら、抜け殻となったかつての貞子の記憶に触れることで、今の貞子が過去の苦しみから解放される手がかりになるかもしれないという、かすかな希望も抱いていた。それは、かつての自分自身の孤独と重ね合わせる、共感にも似た感情だった。
舞子は、サービスエリアで感じた、あの悲しい記憶の残滓を再び思い出した。もし、自分たちの力が、過去の悲劇を繰り返させないために役立つのであれば――。そして、貞子がその巫女としての力を、正しく使うことができるように助けることができるのなら。
「分かりました」
舞子は、静かに、しかし力強く頷いた。「私たちにできることがあるなら、協力します」
栞も、姉の決意に頷いた。「私も、お姉ちゃんと一緒です」
水野姉妹の顔に、安堵の色が広がった。「ありがとうございます。お二人のご協力に、心から感謝します」
夜の静寂の中で、四人の間に、新たな絆が生まれた。それは、過去の悲しみと、未来への希望、そして貞子への想いが入り混じった、特別な繋がりだった。これから、彼女たちは共に、この地に眠る古の記憶を辿り、封印された災いに立ち向かうことになるだろう。それぞれの胸に、まだ見ぬ困難への不安と、それを乗り越えようとする決意を抱きながら。そして、貞子の知らないところで、呪いの貞子の抜け殻は、静かに、しかし確実に、奈緒の共鳴する歪みに引き寄せられるように、新たな動きを見せ始めていた。
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