盗賊になったし、もう後戻りは出来ないから流れに身を任せよう

描き手

第1話




 身体を鉛に変えてくような感覚。


 微かしか開ける事の出来ない瞼に広がるぼやけた視界で、自身の外界を見渡せずに不安を無意識レベルで感じていた彼は、それでも生きるために産声をあげていた。



「良く、頑張ったな」


「……うん、でも……流石に疲れた」


「みたいだな。だが、これで獲物が狩やすくなった。」


「そうだね。でも、別に奴隷の子供とかでも良かったんじゃない?私達の子供じゃなくたって。」


「まぁ、そう言うな。お前だって、どうせ抱くなら自分のガキの方が良くないか?それに、その方が奴らを騙し易くなるだろう?」


「……そうかも知れないね。危険だったら、レガルスが守ってくれるだろうし。」


「あったり前よ!この俺がどんな奴だってぶっ飛ばしてやらぁ!」


「ははは、頼もしい限りだね」


「おう、そうさ!あっ、そうだった。おい!オメェら!この通り無事に俺らの息子が産まれた!今日は、宴だぁぁぁぁああ!!!」


「「「「うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」」」」


 この空間で一番大柄な男と、短髪な出産を経験したばかりの女性との会話を邪魔する事なくそこに居た者共は、男の「宴」という一言に反応して、ドッと沸くように大声を挙げて騒ぎ立てる。


 (祭りか何かか?……うるさい…………)


 産まれたばかりの赤児に対しても、そして経産婦となったばかりの女性にも特段の配慮をする事なく食えや飲めやのどんちゃん騒ぎ。

 しかし、こんな雰囲気の喧しい者共に慣れている女性は兎も角として、意外にもたった数刻前に産まれたばかりの子供もそこまで悪い気はしてなかった。


 (う、るせぇ……だけど、悪くはない雰囲気だ…なぁ。不思議だ。飲み会はそこまで好きじゃなかったはずなんだけど?なんだろう、この雰囲気は。どこか暖かい感じがする……)


 幼児は微睡に身体を預けるようにして、どこか変わった気配のする宴会場と化したその場で、まだまだ思い瞼を争う事なく完全に閉じた。





 それから数ヵ月、赤児の瞳は漸く滲むような視界が解けてきて、比較的良好に周囲の状況を映していた。


 多数派の男、武装して物々しい雰囲気の女、走り回る子供達、大人に叱られて涙ぐむ少年、がりがりで生気が無くてどこか雰囲気に溶け込めていない壮年なはずの男。布をはためかせて何かしらをしている中年女性。

 最近の日常と何処かの民族性を感じる者共の棲家。


 言葉は全然何を言っているのか分からないが、既に赤児は此処が自分の知る地域ではない事、そして己が人間の幼体となって其処に在るという事実を認識していた。

 そして、地球ではない事もつい数時間前に理解させられていた所でもある。


 男手数人分で運んで来た大きな獲物を誇る男と、はいはいと受け流して全く相手にしていないぽっちゃり体型の女性。

 豚のような体躯で最初は猪だと認識していた獲物を、偶々母親が所定の場所から刃物を持ち出して解体を始めた熟練そうな大人達の近くまで歩いて行き、そんな物々しい大人達に対して特に怯んだ様子もなくごく自然に話かけたことをきっかけとして、その豚が人間のような身体を持っているのが赤児の目に入る。

 瞬間、言い知れぬ恐怖を小さな身の上で感じたことにより、堪えの効かない乳幼児の目元からは微量の涙が流れて頬を頼りなく伝い、不安や背筋を走る嫌な寒さを吐き出すように、在らん限りの声を上げて鳴く。


「あれぇ、普段はあまり泣かない子なんだけどどうしたんだろう?」


「魔物を初めて見たんじゃないかい?」


「えぇ?いつもとは言わないけど、今までも結構魔物ならここで捌いてた気がするけど?」


「いやぁ、こんな近くまで来て見せてはなかったんじやないかい?うちのも、小便たれの時に魔物見てよく漏らしてたから、そうなんじゃないかって思っただけさ。」


「う、うるせぇ。あの時はまだガキだったからだ!」


 どうやら、小便たれと女性に言われていた子供は無事にすくすくと成長したらしく、恥ずかしそうに会話にチャチャを入れる。


 「まぁ、うちのは虫が飛んだってだけでも泣いてたから、やっぱりあんたらの子供は何処か違うのかも知れないねぇ。」


「うーん、そうなのか。どうやったら泣き止むんだろう?」


「少し揺すってやって、あやすしかないんじゃないかい?さっきあんたがごはんやってたから、お腹が空いてるとかではなさそうだしねぇ。」


「そっかぁ。よしよーし、レガロも大きくなったら、お父さんみたいにオークぐらいは簡単に倒せるようになるよぉ。」


「……それは、あやしなのかい?」


「え!?違うの?」


「…………まぁ、いいさ。その子にはぜひ強くなって貰いたいからね。立派な戦士になるなら良い事さ。」


「そ、そっか。うん、そうだよね。ほらほらレガロ〜、火魔法だよぉ〜」


「それはやめな」


「……はい。」


 当たり前のように人差し指の先から魔法を出す若い女性に対して、子育ての経験が豊富そうな肝っ玉母ちゃんみたいな女性が短く咎める。

 しかし、女性が改めて我が子の方を見ると、自らが生み出した小さな揺れる炎に対して目が釘付けとなっており、ポカンとして呆けた表情で口を開けていた。


「あれ?みてみて。この子泣き止んだよ!ほらぁ、魔法だぞぉ〜」


「はぁ〜。まぁ、子供は目新しいものに惹かれる事が多いから不思議じゃあないんだろうけど、単純に危ないからやめときな。」


「うぅ、この子絶対素質あると思うんだけどなぁ、将来的には魔法を使って戦って欲しいし…」


「あんたに似てるから、その辺は大丈夫だと私は思うんだけどね。」


「最初は、何から教えようかなぁ?夢が広がるよ!」


「はぁ、まあ何でもいいさ。魔法を使えるようになればうちらも助かるし。だけど、子供を潰さないくらいにしときなよ?」


「わ、分かってるって。大丈夫大丈夫!」


「…………ほんとかねぇ?」


 軽く返事をする若い女性に対して、熟年の女性は一抹の不安を感じながらも、だからと言って自分が出来ることもないかと諦めて、やっていた解体の作業へと戻り、テキパキと魔物をバラして行く。


 そしてその様を、魔法を初めて見た衝撃に身体を固まらせた乳幼児とその様を微笑ましそうに見る歳の離れた姉のような見た目の母親が、暫くの間見守っていた。


 

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