第19話 自由都市への選択

──王都から南西、四日目の野営地。


夕暮れの草原。風間隼人たちは焚き火を囲んでいた。

草をなびかせる風はどこまでも冷たく、そして静かだった。

見渡す限りの地平線。その果てにすら、

なお“王国”の影が続いている現実に、隼人は思わず嘆息した。


「……マジで広いな、この国」

その声には、疲れだけではない。呆れ、驚き、そしてほんの少しの諦念が混じっていた。

日本の常識で言えば、すでに県をいくつも跨いだ距離を旅している。

だがこの地図では、まだ“王都圏”の一角──つまり中心部からすら脱しきれていなかった。


「魔球星って、こういうスケールなのよ。

 王国だけで領邦が三十以上。地平線の向こうまで全部、まだ“中央支配圏”」

カレン・スピカが地図を広げながら、やや自嘲気味に言った。


「そろそろ進路を決めるタイミング。東西南北、どこへでも行けるよ。

 逃亡者ってのはね、“行き先が絞れない”ように動くのが、生存戦略ってやつ」


「選べるのか?」


「選べるさ。無宿ってのはそういうもん。

“どこにも属さない”ってことは、“どこへでも行ける”ってことでもある」

隼人は黙って地図に目を落とす。その視線を、ナヤナもじっと追った。


「……北は?」


「精霊信仰の部族国家。“対森林地帯”ってやつ。

 魔力の高い精霊使いが大酋長を務めてる。王国とは

しょっちゅう衝突してるけど、逆に亡命者には寛大な面もある」


「南は?」


「魔法帝国。皇帝とその一族が国家を牛耳ってる覇権国家。

 王国と文化圏は似てるけど、階級社会と貴族支配がガチガチ。

 でもね──コネさえ作れれば、異邦人でも“優遇される”可能性はある。

 あたしたちの技術やバッグを見れば、大歓迎されるかも」


「……東は?」


「海しかない。でも、その向こうには“共和制の魔法国家”がある。

 交易はあるけど、シーサーペントやクラーケンがいるせいで、航路は季節限定。

 たしかに逃げるのは難しい。でも──その分、“監視が手薄”って見方もできる」


焚き火のぱちぱちと燃える音だけが、短い沈黙を埋めた。

やがて、隼人が目を上げて言う。


「西──かな」


カレンが少し笑みを浮かべ、頷く。


「自由都市連盟。八つの都市国家が、ゆるく同盟を組んで自治を維持してる。

 王国からも帝国からも独立を守り抜いた、“本物の中立地帯”だよ。

 文化も法律もバラバラだけど、冒険者に優しいってのが共通点」


「……その中に、信頼できる人がいるのか?」


「いるよ」

カレンの目が鋭くなる。


「クラウス・オライオン──今の連盟代表。自由都市最高評議会の議長。

 今も現役の政治家で、信念・知性・胆力、どれも完璧。

 もし“この世界で誰を頼る?”って聞かれたら、真っ先に名前が出る人」


ナヤナが、そっと目を閉じた。

『……そこに、何かがある。わからない。でも、確かに“そこ”だって感じがする』


「勘か?」


『……ううん、ちょっと違う。予感……? もっと、深い感じ』


「……よし。西へ行こう。自由都市を目指す」


「決まりだね。カイト、ラーナ、レベッカの旅路──次の章へって感じ!」

ナヤナも隼人も、その軽口に小さく笑った。


* * *


進路が「西」に定まった直後──

カレンがふと、焚き火の火をつつきながら言った。

「……ちなみにだけど、この旅。

 移動中の村や街でも、油断は禁物だよ。

今のあたしたち、王国の“治安網”にひっかかる側だからね」


「治安網?」


「うん。王国には、いわゆる警察の代わりに

 “治安騎士(ローエンガルド)”ってのが配置されてるの。

 俗に“役人領主”とも呼ばれてるけど──ま、場所によって呼び方も違うね」


「ローエンガルド……?」


「意味は“法と剣を携える者”。かっこよく言えば、街の守護者。

 でも実際は、治安維持・司法執行・徴税官みたいなもんよ」


隼人は眉をひそめる。

「どこまでの権限がある?」


「かなり広いよ。

 ・現場判断での逮捕・拘束・処罰

 ・地域兵士や見習い騎士の指揮

 ・魔獣駆除や街の防衛指揮

 ・月次の王都への報告と予算請求」


「つまり“自治領の主”みたいなもんか」


「そう。で、こいつらがまたクセ者揃いでさ──

 中には村人から“神様扱い”されてる名物治安騎士もいるし、

 逆に金と力だけで成り上がった腐れ騎士もいる。

 あたしらが逃げる道中、何人かとは絶対ぶつかるだろうね」


ナヤナがそっと隼人の袖を引いた。

『……でも、正義の味方もいるんだよね?』


「いるよ。少ないけどね」

カレンは肩をすくめ、風の音に紛れるように笑った。

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