第18話 撤退報告と紅の猟犬

──王都ギルド支部・夜。


酒と煙草の匂いが染みついた広間に、硬質な足音が鳴り響いた。

その瞬間、ざわつきが広がる。


「……ジークさん!? 生きて……!」

驚きに声を上げたのは受付嬢。

階段を上ってくる影は四つ──


Sランクパーティ《ライジング・ギア》。ついに帰還。


だが、その姿には威風がなかった。

服は焦げ、鎧はひび割れ、ジークの右腕は包帯に巻かれている。

彼らが歩くたび、広間の空気が張り詰めていく。


「……よく戻ったな。生きていたか」

広間奥の席から、ギルドマスター・グランが立ち上がる。


ジークは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。

「見ての通りさ。……派手にやられたぜ」


グランの目が細くなる。視線は鋭く、容赦がない。

「報告を──聞こうか」


ジークは依頼書を取り出し、無造作にカウンターの上へ置く。

「依頼は……破棄させてもらう。俺たちは手を引く」


「──敗北か?」


「そう言ってもらって構わない」


静寂が落ちる。

広間の空気が、一気に重く沈んだ。


「カザマとナヤナ……それにカレン。三人とも、尋常じゃない連携だった」

「特にカザマ。銃と剣、両方を完全に使いこなしていた。

 あれは“偶然”じゃない、“経験”がある男だ」


ケインが前に出て、一言。

「……マスター。ひとつだけ、言わせてくれ」


「……何だ」


「俺たちは命懸けで当たった。だが、彼らからは“必要な戦意”しか感じなかった。あれが本当に……国家の言うような“危険分子”なのか?」

グランは目を細め、返す言葉を探すかのように口を閉じた。


ジークはその沈黙を破るように、皆に聞こえる声で告げる。

「……俺たちは、異邦人捕縛に失敗した。これは事実だ。隠す気はない」


瞬間、広間の冒険者たちがどよめいた。

「……あのライジングが……?」

「マジかよ……!?」


「以上、報告終わりだ。……俺たちは修行し直す。しばらく留守にするぜ」

ジークたちは静かにギルドを後にした。

その背中を、誰も止めることはできなかった。


* * *


──翌朝。ギルドの掲示板。

新たに貼られたのは、手配書と一枚の小さな報告書だった。


《ライジング・ギア》依頼辞退

本件、追跡失敗報告済


「……え、マジで……?」

「ライジングが……手引いた……?」

「てか、あいつらマジで冤罪じゃね? ギルドの依頼自体が怪しくねぇか?」

「怖っ……。俺は受けねぇよ」

──異邦人追跡依頼、誰も受けなくなった。


* * *


──ギルド支部・会議室。


「……ふざけた真似を」

ギルドマスター・グランは椅子に沈み、深い溜息をついた。

王国からの報告命令。宰相ヴァルター・グランディアの圧。

ギルドの威信は、まさに綱渡り状態にあった。


「……“紅の猟犬(ハウンド)”を使うしかないな」


隣に控える秘書官が眉をひそめる。

「あの者たちは……確かに実力はありますが、あまりにも冷酷で──」


「構わん。成功率100%の“猟犬”どもだ。 

黒蜥蜴(くろとかげ)、闘牛(とうぎゅう)、梟(ふくろう)、蟷螂(かまきり)──

あの4人を動かす。それで決まりだ」


「……法外な値になりますが?」


「その価値はある。“処理”の確実性に、金を惜しむ気はない」


* * *


──その夜、裏通りの古びた酒場。


扉が開いた瞬間、空気が変わった。

鉄と油、血の匂いを纏った四人が、音もなく中へ入る。


ギルド公認・Sランクパーティ《紅の猟犬(ハウンド)》──

実力と冷酷さを兼ね備えた、ギルドの“裏戦力”。

名を隠し、異名でのみ通じる彼ら。


黒革の装備に短剣を下げた男──黒蜥蜴(くろとかげ)。

その目は常に冷たく、どこか楽しげな笑みを浮かべている。


分厚い鋼板鎧の巨漢──闘牛(とうぎゅう)。

その歩くだけで床板が軋むような存在感。


古びたローブと眼鏡の魔術師──梟(ふくろう)。

静かな口調の裏に、冷徹な計算と殺意が潜んでいる。


そして、全身をローブに包み、沈黙を貫く精霊使い──蟷螂(かまきり)。

その正体を知る者はいない。


黒蜥蜴が、ギルドの封書を開いた。


「ターゲットは三名。名前不明。身元偽装の可能性あり……情報は薄いな」

梟が横から覗き込み、指先でページをめくる。


「ふむ……だが、足跡が残ってる。Aランクの“カレン”──

この女の交友歴を辿れば、何か出るかもしれん」


闘牛が無言で頷き、斧の柄を撫でる。

蟷螂はローブの下、静かに精霊石を握りしめたまま微動だにしない。


「追うぞ。手順通りに。まずは王都外縁の“隠れ家”を洗え」


「……了解」


──そして、“紅の猟犬”は狩りを開始した。


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