その声が届くまで〜聖女の影で、わたしは声を失った〜

うみ*

第1話 異世界へ

──カタカタ、と

キーボードを叩く音だけが部屋の中に響いている。


窓の外はもう夜の深さを通り越して、

始発電車の音がかすかに聞こえ始めていた。




画面には、締切前の最終確認用データ。


肩こりがひどくて腕もだるいのに、

紬は画面から目を離さなかった。



「もう少しだけ……。ここまで仕上げたら、休もう……」



頭では分かっていても、

身体はとっくに限界を超えていた。


フリーランスという働き方は自由だけれど、

その自由に縛られることもある。


“休む時間があったら、もっと期待に応えなきゃ”


そんなふうに、自分を追い込むのはもう癖になっていた。



気づけば、指が止まっていた。


眠気が、視界の端をゆらゆらとにじませる。



──ふと、手元の光が強くなった気がした。




「……ん……?」


まぶたを上げたその瞬間。




モニターの白が、まるで光の海のように広がり──


身体ごと…

その中に吸い込まれていった。





白い光に包まれた意識の底から

誰かの声が聞こえた。




「──これより、異界よりの招来を行う」




耳に響く声。

けれど…言葉の意味がよくわからない。



次の瞬間…

胸を貫くような激しい痛みが走った。



──誰かが、何かを差し込んできたような。




「……っ、ぁ……!」



声を出そうとしたのに、

喉からは何も出なかった。



(え……?)



身体が重くなる。


喉が…

焼けるように熱い。



それでも…

体の奥から何かが張り付いているような違和感だけは、

はっきりと残っていた。





一方、召喚陣の影。


王家専属の魔術師でありながら、密かに“聖女”に心酔する男は、袖の中で小さく呟いた。



「命じられた通り……異界の女に、“声”を奪う封印を」



「彼女の光など、聖女の足元にも及ばぬと、思い知らせてやらねば──」




その呪術は、極めて個人的な悪意と、


“主”への忠誠によって生まれた。



その場にいた誰一人として

それに気づいた者はいなかった──


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