第55話 ファインダー越しの未来と、隣で咲き続ける笑顔

高校三年生の三月。

長く、そして濃密だった大学受験も終わり、俺たちは卒業式を数日後に控えていた。

校舎の窓から見える景色は、まだ冬の名残を惜しむように寒々しいけれど、時折吹く風には、もう春の匂いが確かに混じっている。

「なんだか、あっという間だったね、高校生活。」

帰り道、俺の少し前を歩いていた陽菜が、ふと立ち止まって空を見上げながら呟いた。彼女の首には、俺がクリスマスにあげたスノードームのキーホルダーが、今は陽菜自身が編んだ新しいストラップで、スマホに付けられている。

「うん。特に、陽菜とこうして一緒に過ごすようになってからは、本当に一瞬だった気がする。」

俺も隣に並んで空を見上げる。

三年間、同じクラスで、そして二年と三年の時には、偶然にも(いや、もしかしたら運命だったのかもしれない)前後や隣の席で過ごした。ファインダー越しに初めて君の笑顔を見つけた日から、今日まで、本当にたくさんのことがあった。

「翔太くんの写真のおかげで、私の高校生活、すっごく色鮮やかになったよ。何気ない毎日も、翔太くんが切り取ってくれると、全部がキラキラした宝物になったんだ。」

「俺の方こそだよ、陽菜。君が隣にいてくれたから、俺の世界は色づいたんだ。君の笑顔が、俺に写真を撮る意味を教えてくれた。」

俺たちは、大学は別々になったけれど、同じ街の、電車で数駅の距離にある大学にそれぞれ進学することが決まっていた。未来への期待と、ほんの少しの不安。でも、陽菜と一緒なら、きっと大丈夫だと思える。

「ねえ、翔太くん。」

陽菜が、俺の手をぎゅっと握ってきた。

「卒業式の後、ちょっとだけ、寄り道しない? 私たちの、思い出の場所に。」

陽菜の言う「思い出の場所」がどこなのか、俺にはすぐに分かった。

俺たちが初めてデートをした、あの梅と桜が綺麗だった公園だ。

卒業式当日。

厳粛な雰囲気の中で式は終わり、教室での最後のホームルームも、涙と笑いに包まれて幕を閉じた。

たくさんの友達と別れを惜しみ、卒業アルバムにメッセージを書き合った後、俺と陽菜は、約束通り、二人で思い出の公園へと向かった。

季節は巡り、公園にはまた、早咲きの桜が可憐な花を咲かせ始めていた。

あの時と同じベンチに並んで座る。

「なんだか、不思議な感じだね。一年前は、まだ付き合ってもいなかったのに。」

陽菜が、懐かしそうに微笑む。

「うん。あの時、陽菜の手作り弁当、すごく美味しかったな。」

「もう、翔太くんったら、またお弁当のことばっかり!」

二人で顔を見合わせて笑い合う。この、温かくて穏やかな時間が、たまらなく愛おしい。

俺は、いつも持ち歩いているカメラを取り出した。

「陽菜。」

俺が名前を呼ぶと、陽菜は「なあに?」と、最高の笑顔で振り返る。

「一枚、撮ってもいいかな。俺たちの、新しい始まりの記念に。」

陽菜は、こくりと頷くと、少しだけ照れたように、でも真っ直ぐに俺のレンズを見つめた。

ファインダー越しに見る陽菜は、出会った頃よりもずっと大人びて、そして、何よりも幸せそうな笑顔を浮かべている。

その笑顔は、俺が恋に落ちた、あの日の笑顔と同じくらい、いや、それ以上に輝いていた。

カシャッ。

シャッター音が、春の柔らかな光の中に、優しく響き渡った。

撮れた写真を確認する。

背景には、咲き始めた桜の花。そして、その中心には、俺の隣で、世界で一番愛おしい笑顔を見せてくれる、陽菜。

これ以上の傑作は、きっとないだろう。

「ありがとう、陽菜。俺の隣で、笑ってくれて。」

「ううん。私の方こそだよ、翔太くん。私を見つけてくれて、私の笑顔を、こんなにもたくさん、宝物にしてくれて、本当にありがとう。」

陽菜は、そっと俺の肩に寄り添ってきた。その温もりを感じながら、俺は陽菜の肩を優しく抱き寄せる。

ファインダー越しに見つけた君の笑顔は、いつしか俺の日常になり、希望になり、そして、かけがえのない未来になった。

これからも、俺はこのファインダーを通して、君のたくさんの笑顔を撮り続けるだろう。

そして、その笑顔の一番近くには、いつだって俺がいたい。

隣の席の君は、今日も、ファインダー越しに、そして俺のすぐ隣で、春の日差しみたいに優しく、そして何よりも美しく、微笑んでいた。

俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。

このカメラと、そして君の笑顔と共に、どこまでも続いていく、色鮮やかな未来へと。

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隣の席の君は、ファインダー越しの笑顔 風葉 @flyaway00

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