第25話 八月の空と、近づく再会の日
夏祭りの夜から、二週間ほどの時が過ぎた。
八月に入り、夏はまさに盛り。太陽は容赦なくアスファルトを照りつけ、蝉の声がシャワーのように降り注ぐ毎日だ。
俺のスマホの待ち受け画面は、あの日撮った陽菜さんの浴衣姿の写真のままだ。時々、意味もなくスマホを起動してはその写真を見てしまい、そのたびに頬が緩むのを自覚しては、一人で首を振っている。重症だな、俺も。
陽菜さんとのLINEのやり取りは、夏祭りの後も、穏やかに続いていた。
俺が気まぐれに撮った夏の風景――入道雲が湧き立つ空、夕立の後の濡れた路面、近所の神社の緑陰――などを送ると、陽菜さんはいつも楽しそうに、そして優しい言葉で返信をくれる。
『うわー、この雲、怪獣みたい! 面白い!』
『雨上がりの匂いがしてきそう。涼しくなるね。』
ある時、陽菜さんからこんなメッセージが届いた。
『ねえ、相川くん! 私も最近、スマホで写真撮るの、ちょっとだけハマってるんだ!』
そう言って送られてきたのは、彼女の家の庭に咲いた朝顔の写真だった。アングルとかピントとかは、まあ、うん、ご愛嬌という感じだったけれど、一生懸命撮ったんだろうな、というのが伝わってくる、温かい一枚だった。
『どうかな? やっぱり難しいねー! コツとかあったら教えてほしいな!』
『うん、すごく綺麗に撮れてるよ。朝顔の色が鮮やかだね。コツというか……陽菜さんが撮りたいと思ったものを、好きなように撮るのが一番だと思うけど。』
俺がそう返すと、『そっか! ありがとう! なんか勇気出た!』と、元気なスタンプが送られてきた。
写真という共通の話題が、会えない時間も俺たちを繋いでくれている。それが、なんだかとても嬉しかった。
時折、ふとした瞬間に、学校での日々を思い出す。
隣の席の、陽菜さんの気配。授業中に交わす小さな声。休み時間の他愛ないお喋り。
夏休みは自由で楽しいけれど、やっぱり少しだけ、あの騒がしくて、でも温かい日常が恋しくなる時がある。
『夏休みも楽しいけど、やっぱり学校でみんなとワイワイしてるのも好きだなーって、最近思うんだよね(笑)』
ある日、陽菜さんからそんなメッセージが届いた。
『うん、分かる気がする。なんだかんだ言って、学校行事とか、みんなで準備してる時とか、楽しかったもんな。』
俺がそう返すと、『だよね! 相川くんの体育祭の写真、また見たくなっちゃった!』と、陽菜さんらしい返事が来た。
そんなやり取りを繰り返しているうちに、八月も終わりに近づいてきた。
あれだけ永遠に続くように思えた夏休みも、終わりが見えてくると、あっけないものだ。
ツクツクボウシの声が聞こえ始め、朝晩の風にほんの少しだけ秋の気配が混じるようになってきた。
机の上のカレンダーに目をやる。夏休み明けの登校日まで、あと一週間。
クラスのみんなに会えるのは楽しみだ。健太のくだらない冗談も、たまには聞きたくなる。
そして……。
隣の席で、陽菜さんに会える。
おはよう、って挨拶して、他愛ない話をして、一緒に笑う。
あの、体育祭の前よりも、夏祭りの前よりも、もっと自然で、もっと温かい関係になれた俺たちが、教室でどんな時間を過ごせるんだろう。
期待と、少しの寂しさ(夏休みが終わってしまうことへの)と、そして大きな期待。
いろんな感情が入り混じって、胸がいっぱいになる。
俺は、カメラを手に取った。
夏休みの終わりに、何か一枚、特別な写真を撮りたい。
そしてそれを、一番に、陽菜さんに見せたい。
近づいてくる再会の日を思い描きながら、俺はファインダーを覗き込んだ。
八月の空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。
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