第12話 体育祭のあとさき、ぎこちない距離感

体育祭の熱狂が嘘のように過ぎ去り、週が明けると、学校はすっかり日常の顔を取り戻していた。

教室には、日焼けした顔や、少しだけ気の抜けたような空気が漂っている。俺、相川翔太の隣には、もちろん白石陽菜さんが座っているわけだが……。

「お、おはよう、白石さん。」

「お、おはよう、相川くん。」

挨拶は交わす。でも、そこから先が続かない。

体育祭が終わってから、俺たちの間には、目に見えない壁のようなものができてしまった気がする。いや、壁というよりは、意識しすぎが生んだ、妙に分厚い空気の層、とでも言うべきか。

授業中、隣の気配をやけに感じてしまう。ノートを取る音、消しゴムを使う仕草。以前なら気にも留めなかったはずなのに、今はその一つ一つに心がざわつく。

ちらりと横を見ると、陽菜さんもどこか落ち着かない様子に見える。目が合うと、二人ともビクッとして、慌てて黒板に視線を戻す始末だ。

休み時間になっても、以前のように気軽に話しかけることができない。

体育祭前は、広報係の仕事という共通の目的があったから自然に話せたけど、それがなくなった今、どんな顔をして、何を話せばいいのか分からなくなってしまったのだ。

あの日の、教室での出来事――俺が思わず口走ってしまった言葉と、陽菜さんの真っ赤な顔が、頭から離れない。

俺は昼休みや放課後の時間を使って、体育祭で撮った写真の整理を進めていた。

クラスメイトたちの笑顔や頑張る姿を選び出し、共有フォルダにアップロードしていく。みんな、きっと喜んでくれるだろう。

問題は、陽菜さんの写真だ。

応援合戦で輝いていた写真、リレーの応援で見せた真剣な横顔……。特に良く撮れたと思う写真は、どれも陽菜さんへの特別な気持ちが表れてしまっているような気がして、クラスのみんなが見る共有フォルダに入れるのは、ためらわれた。

かといって、陽菜さん本人に見せた時の、あの照れた嬉しそうな顔を思い出すと、このまま俺だけが持っているのも違う気がする……。

結局、結論は出せないまま、陽菜さんの写真データは一旦保留にすることにした。

そんなある日の休み時間。

陽菜さんが、もじもじとしながら俺の机に近づいてきた。

「あの……相川くん。これ、この前の……写真のお礼、と、体育祭、お疲れ様ってことで……。」

そう言って、小さな可愛らしい袋を俺の机の上にそっと置いた。中には、手作りっぽいクッキーが数枚入っている。

「あ、ありがとう……。わざわざ、ごめん。」

「う、ううん! じゃあ!」

陽菜さんはそれだけ言うと、パタパタと自分の友達の輪の中に戻っていってしまった。

俺は、手のひらに残るクッキーの袋の温かさと、ほんのり甘い香りに、どうしようもなく胸が締め付けられるのを感じていた。嬉しいのに、切ない。そんな複雑な気持ちだった。

「おい、相川。」

昼休み、屋上で一人、クッキーを食べていると、健太が呆れたような顔で隣に座った。

「体育祭終わってから、お前と白石さん、なんかめちゃくちゃギクシャクしてんぞ。見てるこっちがハラハラするわ。なんかあったんだろ、正直に言え。」

鋭い指摘に、俺は言葉を濁すしかない。

美咲さんも、陽菜さんの様子を心配しているのか、時々、俺たちのことを遠巻きに観察しているような気がする。

そんなぎこちなさが続く中、俺はふと、授業中に陽菜さんのノートの端に描かれた小さな落書きに気づいた。

応援で使ったメガホンと、クラスTシャツに描かれていた変なキャラクター。体育祭のことを思い出していたんだろうか。

俺の視線に気づいた陽菜さんは、はっとした顔で、慌ててノートを腕で隠した。その仕草がなんだか可愛くて、俺はまた心臓が跳ねるのを感じた。

放課後、写真の整理を一段落させ、一人で帰路につく。

陽菜さんとの間にできてしまった、この微妙な距離。

体育祭を通して、確かに近づいたはずなのに、今は前よりも遠く感じてしまう。

このままじゃいけない。そう思うのに、どうすればいいのか分からない。

迫ってくる期末テストのこと、そしてその先にある夏休みのこと。

日常は続いていくけれど、俺の心は、隣の席の君との関係に、大きく揺れ動いていた。

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