第9話沈む記録、眠る記憶


 「ここは……」


 ユウトが踏み入れた空間は、巨大な書庫のようだった。

 だが、そこにあるのは紙の本ではない。

 棚に浮かんだのは、無数の“人の記憶”そのもの。

 小さな光球、黒ずんだ影、壊れかけた映像——すべてが“誰かの夢”の残骸。


 「これは……まさか……」


 気づいた。


 この場所は、“忘れられた記録”たちが沈んでいく層。

 名を持たぬ夢、思い出せなかった過去、消された事件、改ざんされた記憶——

 この世界の“都合の悪いもの”すべてが、ここに集まっていた。


 (こんなものが……こんなに)


 立ち止まっていれば、心が壊れそうだった。

 無数の“悲鳴”が、微かな声となって耳を刺す。


 > 『助けて』

 > 『私はここにいた』

 > 『忘れないで』


 ユウトは思わず耳を塞ぐ。

 だが、そのとき——背後から小さな手が伸びた。


 「大丈夫」


 声の主は、あの“名を失くした客”。


 彼女もまた、この層に入ってきていた。


 「ここはね、かつて私が“すべてを失った”場所」


 彼女は言った。


 「名前を、顔を、自分を。夢に沈むことで、私はここに“逃げた”の。

 でも、あなたを見て思い出した。……戦うことを、忘れちゃいけないんだって」


 彼女はユウトの手を握る。


 「あなたがまだここに“立ってる”ってことは、夢に負けてないってことだから」


 その言葉に、ユウトの視界が揺れる。

 頭の奥で、過去の光景が蘇る。


 ——仲間の死。夢釘の覚醒。

 時雨の微笑。そして、扉の鈴の音。


 「……まだ、終わっちゃいないんだよな」


 「うん。次がある。

 最深層、“心象の淵”へ。……あなたの記憶が、本当に始まった場所へ」


 ふたりは進む。


 そして、記録の最奥——小さな扉の前に立ったとき。

 そこには、一枚の写真が落ちていた。


 写っていたのは、ユウトと、時雨。

 そして、その間に立つ——名もなき少女。


 だが、その顔はすでに“塗り潰されていた”。

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