第4話 雨上がりと街に揺れる影と
第4話 雨後、街に揺れる影
再び世界に戻ったとき、空は晴れていた。
けれど、アスファルトの上には雨の気配が色濃く残っている。
ユウトは駅前のロータリーに立っていた。
人々はスマホを片手に行き交い、彼の姿には誰も目を留めない。
……いつも通りの街。だが、何かが確実に“変わっている”ことを、彼の感覚は捉えていた。
(空気が重い……音が、遠い)
人混みの中にいるはずなのに、遠くで誰かがラジオを流しているような距離感。
それが、現実と夢の「接触域」に再び立ってしまった者の、静かな代償。
彼の右腕には、包帯が巻かれていた。痕を隠すためではない。熱を封じるためだった。
「……おい」
ふと、誰かの声が背後から飛んできた。
声の主は、制服姿の少年。頭にはバスケ部のタオルを巻いている。
「お前さ、さっきからずっとその場に立ってるけど……大丈夫か? 具合悪い?」
ユウトは答えない。ただ視線を向ける。
——その少年の“影”が、わずかにずれていた。地面の光と一致していない。
「……君、最近……妙な夢を見たことは?」
「は?」
質問の意味が通じていない。
少年は怪訝な顔を浮かべるが、その目の奥に一瞬——“何か”が走った。
「……いや、なんでもない。気をつけて帰れよ」
「お、おう……なんだよ、変なヤツ……」
少年が立ち去ると、その場に漂っていた違和感が消える。
まるで空間そのものが“意識を引っ込めた”かのようだった。
(あれも……“干渉”か?)
夢の層が現実に滲み出すとき、こうして他人の中に“揺れ”が生じる。
だがそれは、ほんの微細なズレ。気づく者は少ない。——気づいた者しか、生き残れない。
ポケットの中で、スマホが震える。通知はない。けれど、着信履歴には存在しないはずの番号。
《□□:□□ 非通知》
通話ボタンを押す前に、画面にメッセージが浮かぶ。
まるで誰かが、彼のスマホを直接“ハッキング”しているように。
> 【第二の層の鍵、回収を確認】
> 【次の地点:旧都区・外縁回廊】
> 【“検閲者”に注意】
(誰だ、送ってきてる……?)
ユウトは、歩き出す。
もう普通の生活には戻れない。そんな実感が、徐々に身体を支配していく。
・・・
夕暮れの旧都区は、まるで別の街のようだった。
高層ビル群の陰に隠された、石畳と煉瓦造りの通り。
誰もが忘れたはずの街路に、今なお“何か”が生きている。
(……ここ、どこかで……)
デジャヴのような記憶が、彼の中で揺れる。
初めて来たはずの場所なのに、道の奥に見える古い時計塔に、妙な懐かしさを覚えた。
そのとき。
「動かないで」
背後から、冷たい声がした。
振り返るよりも早く、銃口の金属音が耳をかすめた。
「君、昨日“夢釘”を使ったね?」
現れたのは、一人の女性。
軍服とも制服ともつかない異様な装束。胸には“檻”の紋章。
「私たちは、“現実保全局”の者。正式な資格なく、夢境技術を行使した罪で、君を拘束する」
(現実……保全?)
思考より先に、彼の身体は動く。
影が伸びる。足元から這い寄るように、見えない“腕”が迫ってきている。
(こいつも、層に触れてる……!)
女の目が光る。銃口が火を吹いた。
——けれど、音はしなかった。
代わりに、空間が一瞬だけ“音を忘れた”。
「ッ……くそ、やっぱり……処理されてる!」
女がそう叫ぶ。
その瞬間、背後の空間が波打ち、視界がねじれた。
「やめろ! ここで発火したら“接続面”が崩れる!」
「知ったことか! こっちは上から命令されてんだよ、“夢心地関連”は全部——!」
その言葉を最後まで聞く前に、ユウトは視線を逸らした。
空の色が変わる。影が泡立つ。
(もう、“誰かの正義”に従ってる場合じゃねぇんだよ)
包帯の下から、熱が滲む。
右腕の痕が、再び目覚めようとしていた。
だがそのとき。
どこからか、微かな音が届いた。
——カラン。
小さな鈴の音。雨が降っていないはずの空に、それだけが混じって響いていた。
(……まさか)
彼は振り向く。
路地の奥。ほんの一瞬だけ、木製の扉が“そこに在った”。
『喫茶 夢心地』
だが、次の瞬間にはもう——跡形もなかった。
・・・
女の姿も、銃も、痕跡さえも消えていた。
ユウトはひとり、石畳の真ん中に立ち尽くす。
(この世界は、どこまでが現実で……どこからが夢なんだ)
彼の右腕は、まだ熱を帯びていた。
そして、彼の背後には——誰にも見えない“第3の影”が、静かに彼を見つめていた。
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