げんじつ
…明るかった。
本当に生きている。
夢を見た。
蒼空が、俺を起こした夢だ。
夢だった。
俺は、生きている。
病院の個室だ。
白い天井が見える。
医師の慌ただしい声が聞こえた。
両親が、俺を覗き込んでいた。
左の腕に、点滴の針が刺さっていて、痛かった。
体を起こそうとしたら、全身が痛いことに気づいた。
足に、あまり感覚がなかった。
担当医師が駆け寄ってきて、微笑を張り付けていた。その顔のまま、好感をもたせるような言葉をたんたんと吐いて、両親は嬉しそうに泣いていた。
体を少し起こして、医師に話を聞く。
足が動かないのは、神経が麻痺してるから。回復の見込みは残念ながらある。らしい。
…そして俺たちが心中してから、二日が経ったらしい。
蒼空は、原型をとどめず肉塊になっていた。
しっかりと残ったのは、俺と繋いでいた左手くらいだったらしい。
元々、誰か分からないくらいぐちゃぐちゃで、…DNA?だとか、指紋だとかで分かったそうだ。
俺が二日間の昏睡状態から目を覚ましたからだろうが、母が泣いていた。父は顔を伏せていたから、多分、彼も泣いていたんだろうな。
…息子が、自殺。か。
もしも、俺に息子ができたら、腹を痛めて生んだ子がそんなことをしたら、同じような反応をするんだろうか?
死んだことを都合よく思う親とかもいるんじゃないかなあ、なんてくだらないことを思った。
医師は難しい話を続けていた。
右から入って左から流れるようだった。
俺は、死んでなかった。
屋上から一緒に落ちた。…というよりも、落ちかけていた蒼空を引っ張ろうとしたら逆に落とされたわけで、俺は被害者なんだけど、でも、それでよかった。
早く死んでしまいたい。俺は。
なんて事言ったら、もっと両親を泣かせるだろうから、微笑んで
『落ちた時に死ぬのはもう怖くなった。もう二度とこんなことしない』と、
嘘を、なんの罪悪感もなく
俺のこと、ちっとも理解してくれ無かったのに、今更悲しんで被害者ぶられても困るなぁ。
俺を最初に追い込んだのは、きっと両親だ。
その前は、死にたいだなんて思いもしなかったんだから。
医師は、両親をつれて、詳しい話を続けるようだった。
俺がしたことについて、医師からの提案だろう。多分、精神病院かなんかに連れていかれるんだろうな。
『誠人』
誰かが、俺を呼んだ。
父でも、母でもない。今はいないから。
そら、そら。蒼空の声。
何処?何処にいるの?
『ここにいるよ』
いつも通りのセーラー服を着た、空色の瞳を細めた蒼空が、こっちを視ていた。
ベッドの右側から、俺を眺めたいた。
おかしい。
蒼空は死んだはずじゃ?
『ふふふ、混乱してるね。そうだね、僕は死んだよ』
…ぼく?
聞き慣れな一人称に、思考が止まった。
首をかしげる俺に、蒼空は同じような綺麗な微笑を浮かべながら、言葉を続ける。
『…また、忘れてるんだね。大丈夫だよ、まだ時間はある、思いだそうね』
突拍子のない言葉をつかめない俺を置いて、蒼空は言葉を続ける。
『何を忘れてるのか、それさえ忘れちゃった君、ちゃんと思い出させてあげるから。ね?』
言葉を続ける。
俺のことをまっすぐ見ていた。
細められていた瞳が、開かれていた。
空が、俺を突き刺したような気がした。
痛い右手を伸ばした。
蒼空の手前前しかいかなくて、その存在があるのかすら触れられなかった。
生きていたとして、こんなに綺麗なわけない。
ビルから落ちて、無事なわけない。
さっきの医師から聞いたじゃないか。
蒼空は、俺と繋いだ左手以外、原型を留めていなかた、と。
何、忘れてるんだ。こんな、直前のことなのに。どうして、忘れてる?
蒼空が言った言葉は、縁起の悪い冗談なんかじゃない。
じゃあ、蒼空、なんでここにいるの?
死んだんじゃないの?
なんで、俺の目に?
『なんで僕がいるのかって?』
口に出していないのに、頭の中を覗きこまれたような感覚と、『お前のことは手に取るように全てわかる』というような目線に、少し嫌悪感を覚えた。
たとえ、それが蒼空だったとしても。
『……それも、思い出せるといいね。大丈夫だよ、誠人なら。一つずつ、思い出そうか僕も、物忘れのひどい君も、大事なことも、大切なものも、君自身のことも。ちゃんと思い出せるよ。僕がついてる』
何を言ってるんだか?
思い出す、って?
何を。
『僕』…蒼空のこと?大事なこと?大切なこと?…俺自身のこと?
俺は、何を、忘れてるんだ?
何を、思い出すべきなんだ?
『ぁあ、それさえ、忘れちゃってるんだもんね。君は』
イヤミったらしく、蒼空は、そう言った。
おかしいなぁ、そんなこと言う人だったっけ?蒼空は。
解釈違いだな。
なんて思って、酔った心が少し、覚めたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます