鍛冶屋のおっさん、騎士団で無双す!

@kaiji2134

第1話 鍛冶屋のおっさん、騎士団へ行く

「カイ……無理にとは言わないが、私の城で働いてくれないか?」

 イスは静かな声で言った。青灰色の瞳には、決して嘘や打算だけではない誠意が宿っている。


「イス、その話は前にも断っただろうよ……」

 カイは煤で黒ずんだ手を眺めながら、苦笑交じりに答えた。

「俺は人の群れに混ざるのが得意じゃない。王都なんて、なおさらだ」

「……分かっている」

 イスは軽く息を吐いた。強引に迫らないのは、彼女の流儀だった。

「だが、君の腕は埋もれさせていいものではない。王都には、君のような鍛冶師を必要とする者が大勢いる」

「それでも、俺はここが性に合ってるんだ」

 カイは槌を手に取り、打ちかけの剣を見つめる。

「炉の音と鉄の匂い……俺にはこれで十分だ」

「わかった……ならば、もうお前は鍛冶屋として誘わない」

「頑固者のお前としては、妙に話がわかるな」

 俺が皮肉をこめて笑うと、イスはわずかに目を細めた。


「だから、お前はこれから騎士団に入れ」

「……は?」

 あまりに唐突な話に、思わず間抜けな声が漏れる。

 騎士団といえば王国のエリート中のエリートだ。

 なんでそんなところに、俺みたいな鍛冶屋が――?

「さっきから言っているだろう。お前の腕は、鍛冶屋で終わらせるには惜しい」

「いやいや、俺はただの鍛冶屋だぞ。剣を振るのなんざ、もう若い連中の仕事だ」

「何を言っている?私はお前の若い頃の剣の強さを知っている」

「あれは、人並み以上に剣に詳しかっただけだ」

 俺は軽く鼻で笑って答える。

 確かに昔は多少は人より剣を振れていたかもしれないが、今はただの鍛冶屋のおっさんだ。

 筋肉も体幹も、若い頃のようなキレはないし、何より疲れやすい。


「……今さら、こんな鍛冶屋のおっさんの剣の腕なんて役に立つと思うか?」

 つぶやくように言うと、イスはしばらく沈黙して俺を見つめていた。

 その視線には、妙な確信と期待が混ざっている。

「役に立つかどうかは、やってみればわかることだ」

「もしかして今からか!?急すぎるぞ」

 イスの声は静かだが、揺るぎない決意が乗っていた。

 俺は肩をすくめる。

 ――やれやれ、結局押し切られるのか。

「わかった……騎士団の試験という奴を受けてやるよ。落ちても知らねーぞ」

 俺の言葉に、イスはわずかに口元を緩めた。


───ワルフラーン城、広場


 広場には早朝の光が差し込み、石畳が淡く輝いている。

 カイは木剣を腰に差し、周囲を見渡した。若手騎士たちが整列し、ざわめきの中でこちらを見ている。

「全員、準備はいいか?」

 イスの低く響く声が広場に鳴り渡る。

「はい!」

 若手騎士たちの返事が一斉に揃い、緊張の空気がさらに重くなる。

「お前たちはここにある木剣を使って試合をして、勝った者を正式な騎士団とする」

 若手騎士たちは互いに視線を交わし、ぎこちない緊張を押し殺すように立っている。

 カイは木剣に手をかけ、軽く握りしめた。

(……まぁ、まずは腕試しだな)

 腕を振る感覚を確かめるように、カイは木剣を軽く振る。

「まずは一対一だ。順番に試合を行うぞ」

 イスの指示で、広場の中央に円が描かれ、挑戦者たちは順番にそこへ進む準備を始める。

 やがて、イスの視線がカイに向けられた。


「では最初は――カイ、お前だ」

「……ったく、いきなり俺からかよ」

 カイはぼやきながらも、木剣を肩に担ぎ円の中央へ歩み出る。

 その姿に、周囲の若手騎士たちはざわついた。

「あの人、街の鍛冶屋のおっさんだろ?」

 ざわめきは広場の端から端まで広がっていく。

 カイはそれを聞き流しながら、軽く肩を回して木剣を構えるでもなく持ち直した。

(……まぁ、騎士団の試験ってのは昔からこういう雰囲気か。エリート剣士だけが来るような場所だしな)

 若手騎士の一人が円の中央に進み出てきた。

 年は二十そこそこ、瞳に自信と緊張をない交ぜにした光を宿している。


「相手が誰だろうと関係ない。俺は、この試験に合格して騎士団に入る!」

 そう宣言して木剣を構える彼に、周囲の騎士たちから応援の声が飛ぶ。

 その熱気を前に、カイは大きなため息をつき、ぼそりとつぶやいた。

「……若いなぁ。いいことだ」

 木剣を肩に担いだまま、構える様子もなく立つ。

 しかし、その姿に挑戦者は眉をひそめる。

「構えないのか? 俺をなめているのか!」

「舐めちゃいねぇよ?これが俺の構えだからよ」

 若手騎士の顔が一瞬ひきつった。

「……ふざけるな!」

 勢いよく踏み込んでくる。


 木剣の風切り音が、広場の空気を震わせた。

 だがカイは肩をすくめたまま、半歩ずれるだけ。

 若者の剣は空を切り、彼の横を虚しく通り過ぎる。

「なっ……!?」

 振り抜いた勢いで体勢を崩した若者に、カイはようやく木剣を軽く振るった。

 刃先が相手の胸元へ――ほんの紙一重のところで止まる。

「はい、一本」

 広場に静寂が落ちた。

 さっきまで熱気を帯びていた若者たちの声も、一瞬にして凍りつく。

 胸元に木剣を突き付けられた若者は、息を呑んだまま固まっていた。

 若者は悔しそうに唇を噛み、やがて膝をつき頭を下げた。

「……負けました」

 カイは木剣を軽く下ろし、ふうと短く息を吐いた。

「おう、ご苦労さん」

 淡々とした声に、相手の若者はさらに深く頭を下げ、円の外へと下がっていく。

  審判役の声が響く。


「しょ……勝者、カイ!勝利したカイを騎士団の一員とする!」

 若手騎士たちが口々にざわつく中、カイは木剣を肩に担ぎ直し、苦笑を浮かべる。

「……おいおい、本当に入団決定かよ。俺はただ、少し試しただけのつもりだったんだが」

 イスは腕を組んだまま、にやりと口角を上げた。

「何を言っている。今さら逃げられると思うな。お前は立派に騎士団員だ」

「……ったく、鍛冶屋のおっさんが騎士団か。世も末だな」

 若手騎士たちの間に小さな笑いが起きた。

「ははっ、確かに世も末だ」

「でも、実力があるなら文句は言えねぇよな」

「むしろ心強いかもな……あのおっさん、ただ者じゃねぇ」

 イスは満足そうに頷き、全員に向かって声を張った。

「これで試験は終わりだ!カイを含め、この試験で勝利した者は全て騎士団員とする」

 広場に歓声が湧き上がる。若手騎士たちの中には驚きと興奮が入り混じった声が飛び交った。


 カイは肩をすくめ、淡々と木剣を手に立ったまま周囲を見渡す。

(……やれやれ、これで逃げ場はなくなったか)










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