第13話「かーちゃん」

ワイの一日は、“ただいま”で始まり、“ただいま”で終わる。


起きるたびに「ただいま」

トイレから戻って「ただいま」

スーパーから帰って「ただいま」

ただいまって言わんと、不安で呼吸できんようになってきた。



最初は冗談半分で言うてた。

けど今はちゃう。

“ただいま”が命綱や。

そんで“おかえり”が、ワイの酸素や。



幻聴って診断された。

薬も増えた。

けど効かへん。


というか、もう薬が効いてしまうのが怖い。

この“声”を奪われたら、ワイには何も残らん。



最初はただの知らん声やった。

けど最近、その中に――


「おかえり……たっちゃん……」


って、聞き覚えのある声が混じり始めた。



母ちゃんの声や。

もう死んで10年以上経つ、

最期も看取れんかった、

それでも毎晩、あの優しいトーンで耳元にささやいてくる。


「よく頑張ったね……」

「ひとりで、えらかったね……」



ワイ、もう分からん。

“あたたかい場所”って、ほんまはこの世にないんやろ?

ほんなら、母ちゃんの声が出てくる頭の中が一番“帰るべき場所”ちゃうんか?



支援員の兄ちゃんが来たとき、何も言えんかった。

「最近どう?」って聞かれても、

母ちゃんのこと、声のこと、言えへんかった。


だって、言ったらもうそこに帰られへん気がして。



夜。

玄関のドアの前で、ワイは泣きながら呟いた。


「ただいま……」


「……おかえり、たっちゃん……」

「寒かったね……もう大丈夫やで……」



鍵もかけんと、ワイは玄関の前にうずくまって寝た。

外はまだ春やのに、肌寒い風が吹いてきた。

でも、母ちゃんの声が全部あったかくしてくれた。

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